引きこもり嫁にいく
金澤流都
引きこもり部屋を出る
それはずいぶんと不意な話だった。2階の自分の部屋から、必死で茶の間の会話を聞いているのだが、どう考えてもわたし抜きで話すことではないような気がする。
「あおいさんを、僕にください!」
ちょっと待て。そもそもそれはわたしに話を通してからのことではないのか。なぜその話を、わたしに通さないで両親に話すんだ。
さすがに引きこもっていられる状況じゃない。
でも出ていくのはなんだかとても怖い。知らない人と顔を合わせるなんて、何年振りだろう。
いや、いまさっき「あおいさんを、僕にください!」と言った輩は、厳密には知らないやつではない。ススムだ。幼馴染のススムだ。幼稚園のころからずっと一緒だったやつ。
ただわたしはいじめに遭い中学のころから引きこもりをやっており、ススムがどういう大人になったかはぜんぜん知らないのだった。
もう35歳にもなるのに、わたしは20年間、何一つ自分の力でできないまま生きてきたわけなのだが。
「ちょっとあおい、聞いてるんでしょ? 降りてきなさい」
母さんに呼ばれた。ススムと顔を合わせるのは正直とても怖かった。まともに食事をしないので、わたしはガリガリに痩せているし、化粧なんてしたことがないし、着ているのも中学のジャージだ。恐る恐る階段を降りてくると、ビシリとスーツで決めたススムが、心配そうな顔でわたしのほうを見ていた。
「……久しぶり」
頑張ってそう声を出すものの、ほとんど掠れていてなにを言ったか自分でもよくわからない。
「あおい、久しぶり。大事な話があって来たんだ」
「……なに?」
「あおい、結婚してくれないか?」
「……あ?」
思わず喧嘩腰の声が出た。なにを言っとるんだこいつは、と思った。いや、それは2階で聞いていたとおりのことなのだが。
「いま僕は訳あって大至急で結婚しなきゃいけない。もちろん僕の家にいてくれれば、なんにもしなくても構わない。だからお願いだ、結婚してくれ」
……えっと。
「その、訳あっての部分を聞きたい」
「それは後でちゃんと話すから。結婚してくれないか? なんの苦労もさせないつもりだ。家にいてくれるだけでいい。料理とか掃除とか洗濯はハウスキーパーさんを雇ってる」
「進くん、本気なのね」
「はい……中学の同期の仲間に結婚してないやついるか、って聞いたらあおいさんがそうだって言われて……どうせなら幼馴染がいいなって……」
両親はすでに、わたしを追い出したい気持ちでいっぱいのようだ。そりゃそうだ、引きこもり支援の団体に何度も連絡しても解消しなかった引きこもり、つまりわたしを合法的に追い出せるのだから。
「式とかは挙げるのかい?」
「いいえ。入籍して、そうですね……指輪くらいなら」
すでに前のめり気味の両親に猛プッシュされ、わたしはその場の勢いでススムに嫁ぐことになってしまった。まあ、家事もしなくていいなら、いまの家となんにも変わらない。
――そう思っていたのだ、詳しい話を聞くまでは。
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