引きこもりいいムードになる

 ススムの会社では、いま「オトギバナス」というAI搭載のロボットを作ることになったらしい。幼稚園の子供から中学生まで、日本語や英語の勉強ができる、というものだそうだ。


 使う人間が小さいうちは、定番のおとぎ話の間違いを訂正したり、ロボットが忘れてしまった続きを教えて遊ぶ。使う人間の成長に従いロボットも語彙が増えて、最終的にはオリジナルのおとぎ話を作ったり、それを英語にしたり、ネットにUPしたりできるというものだそうだ。

 さらに英単語や漢字や熟語、ことわざの勉強にも紐付けできるらしい。そりゃすごい。ただ猛烈に大変そうだ。


 ススムはその「オトギバナス」の、ソフト面の開発に参加しているらしい。


「そんなでっかい案件抱えてたら新婚だから早く帰れってわけにいかないねえ」


「まあそうだ……あ、さっきなにか言いかけたけど、アユムになにかあったのか?」


「学校でいじめられてたって教えてくれた。これは本人には言わないであげてね。たぶん、賢すぎて周りに合わせられなくて、それでクラスの子らに気味悪がられてるみたいで」


「そうなのか……やっぱり真面目にフリースクールを考えるしかないのかな」


「いや訴訟でしょ。そんで賠償金で民度の高い私学に入れる!」


 ススムはビールを激しく噴いた。そりゃ噴くと思う。ススムも平成の人間だからだ。


「それはちょっと大袈裟じゃないか?」


「でもなんでいじめられた側が学校を出て行かなきゃいけないわけ? わたし小学生のころからずっと思ってたよ、なんで親はあのクラスメイトどもを訴えてくれないんだろうって」


「それはそうだ。でもアユムはそれがいいって言ったのか?」


「そう言われるとすこぶる微妙だ……」


「ならよしとけ。本人の希望を聞かないことには」


 ススムの言うとおりなのであった。


 もやもやと悩みながら布団に入った。ススムが夕飯を食べ終えシャワーを浴びて、ベッドのへりに腰掛けている。


 たいへん、いいムードである。


「そういうことはしないからね」


「うん、僕もそれでいいよ」


 たいへんいいムードは消えていった。ススムはあくび一発、布団にもぐり込んでおそろしくあっさり眠ってしまった。


 朝起きるとアユムくんが1人で茶の間にいた。自分でドリルをコツコツとやっている。楽しくはなさそうだが、学校の勉強に置いていかれないために頑張っているのだろう。


「あおいさん、おじゃる丸観ていい?」


「いいよ。テレビつけよう」


 テレビをつける。ちょうどみんなのうたが終わっておじゃる丸が始まるところだった。毎度思うがずいぶん攻めた内容である。


「チビ太にご飯あげた?」


「うん。カリカリ、ちゃんと計ってあげたよ」


 丁寧だ。ススムも起きてきたので朝食を用意する。


「おはようアユム。今度の休みに、フリースクールっていうの見学に行ってみないか?」


「フリースクール……?」


「学校がどうしても合わないなら行く必要ないんだ。楽しく過ごせるところがあるならそっちのほうがいい。ドリルやってるとこをみると、勉強自体は好きなんだろ?」


 アユムくんは表情を輝かせた。ススムは前向きだなあ、としみじみ思った。

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