引きこもり泣く

 泉さんが来て、いつものように料理をこしらえたり掃除したりするのを眺める。噂好きの泉さんはなにか新情報を握りたいようだったが、なにもしゃべらないように頑張った。


 うっかり「フリースクールに」とか言って、それがなにかを経由して親戚に届かないとは限らない。泉さんをスパイ扱いしたくはないのだが。


 あっという間に家事が終わり、


「粘着コロコロ使ってるんですね」


 と声をかけられた。


「ええ……猫の抜け毛がすごいもので」


 そう答えたらチビ太がドアをあけて現れた。タイミングがよすぎる。泉さんは猫好きなようで、よしよしとチビ太を撫でてから、


「お料理はいつも通り冷蔵庫と冷凍庫に入れておきました。冷蔵庫のほうは早めに食べてくださいね。歩くんの好きなババロアも作りましたよ」


 と、きちんとしたことを言ってマンションを出ていった。


「……アユムくん、いままでアユムくんは泉さんとどう過ごしてた?」


「んーとね、今とあんまり変わらないよ」


「学校のこととか話した?」


「うーん、ずっとお家にいるから、学校に行ってないんだな、とは思われてたと思うけど」


 そうなのか。じゃあやはり泉さんから漏れたのかもしれない。泉さんはスパイのつもりがなくても、おしゃべりしてぽろっと他人にこぼすことだってある。


「あおいさん、アニメ観ようよ。録画したやつ」


「あ、そうだね。観よう」


 というわけで録画したアニメを消化する。東京はすごいところだ、アニメを地上波で当たり前に観られる。


 篠山家の人間になって結構経つわけだが、基本的な生活パターンはあまり変わっていない。それはススムが頑張ってくれているからだ。

 圧倒的感謝である。ありがとうススム!


 しかも東京なのでえねっちけー「おはよう日本」からの朝ドラなので、いわゆる「朝ドラ送り」まで観られる。ありがたいことである。いやそれススムとあんまり関係ないけど……。


 ここに来られてとても幸せだ。こんなわたしでも最善手で実家を脱出し、責任ある社会人になれた。

 そう思った瞬間涙が湧いてきた。アユムくんが心配そうな顔でこちらを見ている、だから止めたい。でも止まらない。涙がドバアと出る。


 祖父が亡くなってからずっと、信頼できる家族や、信頼してくれる家族なんてどこにもいなかった。そんなわたしが、こんなBIG LOVEの中にいる。なんてすごいことなんだろう。

 そういう感謝の思いと、家にやってきた親戚の恐怖がごちゃ混ぜになって、わたしを泣かせていた。


 このまま、わたし程度の人間に、この家を維持することはできるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る