引きこもり美容院にいく

 さて、本格インドカレー(ただしインド人はナンを食べないらしい)を食べた次の日。月曜日の朝、ちょっと慌ただしい雰囲気で食卓を囲んでいると、ススムがなにやら封筒を渡してきた。


「美容院とかブティックとか、デパートのコスメ売り場とか、行ってくるといいよ」


 うぐっ、さすがにこのみてくれはススムも気にしていたのか。そう思ったら、


「もっときれいなあおいが見たいんだ。知り合いのやってる美容院があるからさ、そこでカットしてもらうといいよ。ここならあの田舎と違って、ブティックに行けば似合う服を選んでくれるし、化粧品だってつけ方を教えてもらえると思う」


 と、大変建設的なことを言ってきた。


「でもアユムくんが留守番じゃない」


「チビ太もいるし、ゲームもあるし、泉さんの作り置きもあるし、大丈夫じゃないかな?」


 それはたしかにそうだ。

 手始めに美容院に行くことにした。東京の男の人は恥ずかしくなく美容院に行くらしい。地元だと男の人はみんな床屋とか千円カットに行っていた。東京は怖いところだ。


 ススムに教えてもらった、ススムの知り合いがやっているという美容院に向かう。もうドアの向こうからオシャレ圧がすごい。入っていいんだろうか。とりあえず入る。


「いらっしゃーい。もしかしてススムの奥さん?」


「あ、は、はい。篠山あおいです」


 明るい印象、言ってしまえばちょっとチャラいお兄さんがつかつかと近寄ってきた。怖くて固まる。でも美容師のお兄さんは「こちらの席にどうぞ」とわたしを店内の奥の鏡に向かわせ、フカフカの椅子にわたしを座らせた。


「おおーきれいなヴァージンヘアだ。カラーするのがもったいないな……白髪もあんまりないし。骨格に合うようにカットして、印象が重いならカラーもしましょうか? なにかやってみたい髪型とかあります?」


「い、いえ。お任せでお願いします」


 というわけでカットが始まった。田舎の美容院とは訳の違う、計算された見事なカットだ。


「ボリュームがほどほどでいいですね。厚すぎなくて。ススムとは恋愛結婚なんです?」


「い、いちおう……」


 元気のいいおしゃべりに追われること1時間。トリートメントしてもらって、スタイリング剤の使い方まで教えてもらって、どうにか髪型が変わった。

 なんというか、自分でも「かわいい」と思える、シンプルなボブだ。触ってみる。素晴らしくサラツヤである。


「では、初回カウンセリング料と、カットとトリートメントの代金を合わせまして、2万円です」


 目玉が飛び出そうになった。地元の美容院、行ったのは中学のころが最後だが、3千円くらいでカットしてもらえた記憶がある。でもススムには痛くも痒くもない額だから、と自分を励まして、2万円支払った。ドキドキした。ポイントカードも作ってもらった。


 明日は頑張って、デパートというところに行ってみよう。そう思えるくらいには、かわいくなったと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る