引きこもり指輪をつける

 我々幸せな家族こと篠山家の3人は、ススムがランチで開拓したというインドカレーの店にきていた。

 オフィス街の真っ只中、雑居ビルの2階だが日曜なのでお客さんは家族連れが多い。案外我が家みたいに、家族の誰かがハマって他の家族を連れてくるというパターンが多いらしい。

 カレーは本格派のインド式で肉は入っていないけれど、そのさっぱりした味わいと、チーズたっぷりのふかふかのナンがとてもおいしかった。シェフも本当のインドのひとだ。


「お野菜だけでこんな味になるんだ」


「おいしいけどちょっとからいね」


「健康的だよな。でもインドだとナンはあんまり食べないらしいぞ。チャパティが一般的だそうだよ」


 ススムのカレー豆知識を聞きつつ、カレーをぱくぱく食べる。とてもおいしい。

 ものを食べておいしいと思えるようになったのは、ススムがあの家からわたしを連れ出してくれたからだ。


 あの家にわたしの存在意義はなかった。ただの、言い方がキツいが穀潰しだったわたしは、ご飯をおいしいと思えなかった。拒食症一歩手前だったのだと思う。


 だからサービスエリアの海鮮丼や、泉さんの料理や、このカレーは、わたしの人生が方向転換したことをわたしに教えてくれたのだ。


 お腹いっぱいカレーとナンを食べて、ラッシーとかいうカルピスとヤクルトが合体したようなのを飲んでいると、ススムが何かを取り出した。見せてくれない。


「あおい、左手いいかな」


「う、うん」


 左手を差し出すと、薬指にすっと指輪がはめられた。ジャストサイズである。


「結婚したのに指輪作るの遅れちゃって。こないだ大虎になって寝てるときにサイズ測らせてもらった」


「え、あ、あう……」


 赤面して黙り込むわたしの前で、ススムは自分の左手の薬指を差し出してきた。渡された指輪をすっと通す。


「これで僕らは本当に家族だ。まあ法的には籍を入れたところで家族なんだが」


「で、で、でも、嬉しいよ……本当に家族になったんだね」


 これからの人生に明るい陽が差したように感じた。もうわたしは、引きこもりの澤中あおいじゃない。責任ある大人の篠山あおいなのだ。


 カレーの代金を支払いビルを出る。アユムくんはとてもニコニコしている。


「チビ太お留守番できたかな」


「生後2ヶ月くらいでちょっとの間の留守番はできるらしいから、大丈夫だと思うよ」


 そう答え、東京のやべえ料金の駐車場でススムの車に乗り、マンションに戻った。チビ太は「どこいってたんだよう」という顔で「にゃーん!」と一声鳴いて、アユムくんの足に頭をすりつけた。


 幸せな生活は始まったばかりだ。大河は録画で観た。

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