引きこもり図書館にいく
ススムのやっている「オトギバナス」の開発は着々と進んでいる。アユムくんもだんだんフリースクールに人間の友達ができてきて、金曜日だけはちょっとだけ夜更かししていいよ、とルールを決めたら、友達とオンラインでゲームしたりするようになった。
全てが順調!
に見えるが、わたし1人、もがいていた。
文章を書くということの業の深さよ。うまく、心のなかにある楽園を描き出せず、ずっとうううーと唸っている。
それでも毎日書いているうちに、1日にトライできる文章の量は増えてきたし、それに従って本を読みたいという意欲も出てきた。でも本屋さんに行くのはなんとなく怖い。
それをススムに相談したところ、
「図書館は? すぐ近くにあるぞ」
とのことだったので、恐る恐るカードを作りにいった。
わたしは運転免許を持っていないので、ススムと結婚して手に入れた保険証しか身分証明書がない。それでもカウンターの穏やかそうな中年女性の図書館員さんは快くカードを作ってくれた。
おお、これが知識の国のパスポート。しみじみと貸し出しカードを見る。借りられる冊数は一度に10冊まで、期限は2週間。よしよしわかった。そういうわけで本棚の間を彷徨う。
まず目に入ったのは変形菌の本だ。要するに粘菌である。薄めの本で写真がいっぱい入っている。粘菌、かわいいな。これを借りよう。
次々と科学関係の本が目に入り、粘菌とかコケとかサボテンとか奇岩とか化石生物とか、読みやすそうなものばかり5冊借りてきた。
家に帰ってきてそれらを眺め、アユムくんが半端にしてしまったノートにメモをとる。科学やばいな。化石生物の本はちょっと難しかったが、それでも面白く読むことができた。自分がこんなに楽しく科学の本を読めるとは。
そう思いながらサボテンの本を読む日曜の午前中のことだ。
ススムのスマホが鳴り、ススムは相手もわからないのに出た。つい癖で出てしまったらしい。
「……かあ、さん……?」
ススムの表情が、みるみる冷たくなっていく。どんどん青くなるススムの顔を、アユムくんは心配そうに見ている。
母さんって、アユムくんをほったらかして逃げたススムの母親?
なんで今?
なんで今、こんなに幸せな篠山家に、ススムの母さんが?
嫌な鼓動を感じる。チビ太はススムの顔の殺気に怯えて逃げ出した。ススムは将棋えねっちけー杯を観ていたテレビを止めて、わたしとアユムくんに向こうの部屋に行ってて、とジェスチャーで示した。
「大丈夫だからね」
アユムくんと手を繋ぐ。アユムくんは震えていた。体にしがみついてきたので、こちらからもぎゅっと抱きしめて、事態がどうなるのか、わたしはしばし怯えていた。
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