引きこもり激怒する
その日の夕方、きょうも「新婚は早く帰れ」と言われて早めに仕事を上がってきたススムが、帰ってくるなりわたしを見て、
「あおい、すごくきれいだ!」
と嬉しそうな声を上げた。
「預かってたお金、全部使っちゃった」
「いいんだよ。あおいがきれいでうれしい」
なんて優しいやつだ。泉さんの料理をチンして、テーブルに並べる。
「ごめんねアユムくん、お留守番いっぱいさせて」
「前はぜんぜんふつーだったから平気だよ。チビ太もいるしね」
チビ太はアジのマリネを食べたがっているが、玉ねぎたっぷりなのであげなかった。猫にはそれは分からないので不満そうな顔をしている。
「このあいだ親戚の変なおばさん来たろ?」
と、ススムが切り出す。
「ああ、あの猫恐怖症の」
「そう。あの人の旦那から仕事中に電話がかかってきて、アユムが学校に行けないとはどういうことだって怒鳴られた。そりゃもう、スピーカーフォンにしたみたいな怒鳴り方だ」
「やっぱり学校、行かなきゃいけないのかな」
「そんなことはないよ」
とっさに変な助け舟を出してしまった。
「学校なんて、近所の年齢が同じの子供を集めたところだから、そんな連中と仲良くする義務はないし、勉強なら家でもできる。少なくともわたしはアユムくんに、無理に学校に行けとは言わないよ」
「僕も同意見だ。探せばフリースクールだってたくさんある。ただ学校に行きたくない理由を知りたい」
「知りたいの?」
アユムくんは戸惑っていた。
「だめなのか?」
「言いたくないなら無理に言わなくていいんだよ。言いたかったら言えばいいし」
「……わかった。あとであおいさんに話すね」
どうやらわたしはアユムくんの信頼を勝ち得たようだった。
次の朝、ススムが慌ただしく出勤するのを見送り、アユムくんと朝ドラを眺めた。9月ももうすぐ終わりである、来月からは朝ドラも新しいのが始まる。
朝ドラのあと、アユムくんは自分の部屋にわたしを入れてくれた。学習机の引き出しを開けると、なにやら破ったノートの切れ端がたくさん出てきた。
「ようちえんにかえれ」
「ノータリン」
「トクセイ」
などと、胡乱な言葉が乱雑な字で、濃い鉛筆で書かれている。
「これ……ランドセルとかに入れられたの?」
アユムくんは頷く。
「いじめじゃん」
「え、で、でも、悪口の紙をランドセルに入れられただけで、ケガしたりはしてないから」
「いや。これは立派ないじめだ。だれにやられた?!」
「同じクラスの、西村くんと斎田くんの字だと思う」
「西村くんと斎田くんな。よぉしわかった。訴訟だ。訴訟を起こして賠償金出してもらって、そのお金でお受験して民度の高い私学にいこう」
わたしの提案は、わたしが小学生のときに、親にやってほしかったことだった。親は笑うだけだったし、民度の高い私学などあの田舎にはなかった。あのころは平成だったので「気の持ちよう」で全部片付けられた。
でもいまなら、ススムと東京で暮らしている令和のいまなら、アユムくんを助けられるかもしれない。訴訟だ。やるぜやるぜわたしはやるぜ。わたしはメラメラと怒りに燃えていた。
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