引きこもりビビられる
というわけで、きのうデパートの婦人服売り場で手に入れたちょっと高い服を着て、わたしはまたデパートに向かっていた。
あの混雑を無事にかわす自信はない。でも、一度行ったところだからきっと怖くない。
いろいろと、35歳にもなって化粧品に触ったことがないことの言い訳を考えていた。
うーん。
「中学を卒業するころからずっと病気で入院しており、35歳になってようやく世の中に復帰できたんです」
というのが妥当な気がする。三分の一くらいは本当のことだし。
というわけでデパートにやってきた。一階の化粧品売り場には色とりどりの、可愛かったりオシャレだったりする化粧品が並んでいる。とりあえず資生堂なら間違いないだろうと、資生堂のブースの綺麗に化粧をした美容部員さんに、
「あの、お化粧に必要なものを一式揃えたいんですけど」
と声をかけた。
「わかりました〜。どのようなお化粧をなさりたいですか? すごくお肌がきれいですね」
まあ日本一日照時間の短い県で引きこもりをしていたので……。
どのような化粧、と言われてもぱっと思いつかないので、
「えっと、家庭のある人間に相応しいというか、きちんとしているというか、普通にきれいな感じ……」
と答えた。
「いままでにお化粧なさったことはありますか?」
「それが、中学生のころから病気で、35歳になってやっと世の中に出てこられて……」
やったぜ、事前のプランが成功した。美容部員さんはニコニコしている。
「35? 見えないですよ、もっとお若いかと思いました」
「出てきたときに、結婚しようって言ってくれた人がいて、それで家族になったので、既婚者でもおかしくない感じというか」
完全にオタクの早口でそう説明する。
「わかりましたー。それでしたら、まず化粧水と乳液ですね。お肌は乾くタイプですか?」
と、難しいお話が始まった。自分の顔なんて気にしたことがないのでよくわからない。でもどうやら乾燥肌でも脂性でもない健康な肌らしい。
化粧水、美容液、乳液、と基礎化粧品を買わされ、さらにファウンデーション、ハイライトとシャドウ、アイブロウ、アイシャドウ、アイライナー、チーク、リップ、と次々いろいろ買わされてしまった。
美容部員さんは実演で鏡に映しながらわたしの顔をいじってくれた。みるみる美人になってビックリする。いや……なんというか……自分の顔のポテンシャルにビックリする。
きれいになったところでるんるんで帰宅すると、アユムくんがチビ太と遊んでいた。
「あ、あおいさん。おかえり」
「ただいま。ねえ、これできれいになったかな?」
そう尋ねるとアユムくんはじっとわたしの顔を見て、
「……すごい、お化粧するだけでこんなに顔って変わるんだ」
と、ビビっていた。ビビるな。褒めろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます