引きこもりおしゃべりする

 ハウスキーパーさんのとても手際のいい料理を、わたしとアユムくんはじいーっと見た。すごい、すごいスピードで野菜と肉と魚がおかずになっていく。

 たくさん料理のストックができたところで、ハウスキーパーさんはお風呂の掃除にかかる。これまたあっという間に終わってしまった。さらに洗面台やらトイレやらがあっという間にきれいになっていく。ひええええ〜!!!! という感じだ。


 こういう家事ができないと、ススムのお嫁さんにはなれないのだろうか。


 そう思うとちょっとプレッシャーだ。ハウスキーパーさんは洗濯を回し、きれいに伸ばしてベランダに干した。ビックリするほどピンシャキだ。


「あの、」


 と声をかけると、


「泉でいいですよ」


 と、ハウスキーパーさんは笑顔になった。泉さんというらしい。


「あ、いえ、その……すごいなと思って」


「そうですか? これが私の仕事なので。あおいさんはお料理ってしないんですか? 楽しいんですよ、お料理」


 お料理かあ……。


「家庭科ですこしやったくらいで、ぜんぜんできないんです」


「きっと素敵なお家でお育ちになったんですね」


 イヤミかと思ったが泉さんの笑顔にイヤミの表情はない。どうやらマジでわたしを深窓の令嬢かなにかだと思っているらしい。まあ色白という点ではね……。


「なんというか……そうですね、素敵な家族です」


 そう言っておく。嘘ではない。20年間引きこもりでいることを許してくれた家族だからだ。


「篠山さん、ずいぶん急に結婚なさったみたいですけど、昔から相思相愛だったんですか? 幼馴染だと聞いていましたが」


 ムムっ、泉さんは噂好きか。


「そういうことですね。小さいころからずっと一緒で遊んでました」


 これはマジだ。初代ポケモンでバトルしたり、一緒にマリオパーティーで遊んだりした。ただどっちも異性としては全く意識していなかったと思う。


 噂好きの泉さんは、しばらくわたしとススムの関係を聞きだそうとしてから、


「あらいけない。余計なこと聞いちゃった。それじゃあ、そろそろお暇しますね」


 と、笑顔で帰っていった。


 ……なんだか疲れたぞ。キャラメルコーンの袋を開けて、コーラをコップについで、アユムくんとおやつにすることにした。


「泉さん、噂話が好きなのかな」


「よくわかんない。でも兄ちゃんのこといろいろ聞いてくる」


「そっかあ……」


 余計なことを言わないように気をつけよう。そう思っていると突然玄関が開いた。


「ただいま! きょうは早く上がれた!」


「おかえり!」


「おかえりススム。ご飯食べるよね?」


「まだ早いなあ。ちょっとビールでも飲もうかな。あおいはどうする?」


 なんと、人生初のアルコール体験へのお誘いである。ごくり、と唾を飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る