24. つまり非モテなら幽霊を目撃できる大チャンス―――?!




 空調機が正常に働き出していたようで、102号室はやや冷えていた。

 風馬は流し台で口をすすいだ後、トムが持っていたフリスクを一粒もらい、寺本が持っていたメントスも一粒もらい、自分が持っているミンティアを二人に一粒ずつあげた。

 四畳半に円座して、各々の見分を伝え真相を探る。

 最初に「実はさぁ」という切り口で語り出したのは寺本だった。


 実は、綾瀬んちが曰く付きらしいと聞いた3日前から、寺本はその建物で過去に死亡事故があったことを知っていた。

 日本全国の事故物件情報を公示しているウェブサイトで探してみたら、10年ほど前に他殺ありとの投稿がヒットしたので、区立図書館の新聞記事データベースから事件記事を検索したのだ。

 記録によれば、11年前に共用部の手洗いで殺人。19年前にも不審死があったようだ。

 どっちも大きく報道された事件ではないようで、詳しい記載は見つからなかった。

 また、古い死亡事故は綾瀬にも知られていなかった。彼は部屋の借主から『幽霊が出るから家賃が安い』と聞いたのみで、どのへんで出るとかは聞いていない、見たこともないという。

 隣人や大家に話を聞いてみるのも難しそうだ。綾瀬は知人から部屋を又借りしている高校生だし、隣人たちもワケありだろう人々らしく、この物件への入居条件は無口で無頓着であることだと推察できる。

 寺本は考えた。

 寺本の両親は電気工務店だけでは稼ぎが足りずに賃貸経営もしているため、ボロカス物件の大家都合は想像しやすい。

 ―――この物件はアタリに違いない。

 綾瀬んちの賃下げ理由は多分きっと絶対、共用部の手洗いすなわち共同トイレに幽霊が出るからだ。

 少なくとも大家は幽霊が出ると信じているはずだ。信じているということは、大家もまた幽霊の存在を実感する体験をしたということだ。

 ではなぜ、そこで1年も暮らしている綾瀬が心霊体験をしていないのか?答えは簡単だ。綾瀬はヤリチンゆえにフィジカルでダイレクトな感覚刺激に慣れすぎ、霊感が鈍化しきっているのである。

 つまり非モテなら幽霊を目撃できる大チャンス―――?!

 寺本は興奮した。興奮ついでに、その場で喋っていたメンバーと肝試しを企画した。

 しかしメンバーは全員心霊体験をしたことがなく、いざ幽霊に遭遇したらパニックになり器物損壊などしないとも限らない。あるいは霊感が鈍化している自己像をアピールしたいがために、幽霊を発見しても誰一人として申告しないおそれがある。

 やはり専門家をパーティに加えた方がよさそうだ。

 そこで寺本は企画のテーマを肝試しから幽霊退治と改め、自分が超自然界の法則を蹂躙せし黒洞星ブラックホールともいうべきゴーストバスター体質かもしれないことや、風馬と美愛との出会いを話した。

 企画はボツになり、メンバーは解散した。

 翌日の夜。

 寺本は終末サバイバルゲームをしながらトムとボイスチャットしていた。トムに誘われて始めたゲームだが好みではなく、ダレてきたから昨日の話を蒸し返した。

 昨日のメンバーも言ったように、風馬と美愛は寺本に何らかの恨みを持っていて、華麗なる復讐計画の下に手の平の上で踊らせたあと抹殺するべく、童貞が喜びそうな無双設定を掲げて標的に近づいたのかもしれない。そう考える方が現実的だ。

 だが疑問は残る。

 あの二人は行き当たりばったりだ。教務手帳を盗み見てまで標的の個人情報を漁っていたことを自らうそぶいたりと、危険な香りを隠そうともしない。心の底から引かせてもなお貴様を躍らせる自信があるという主張だとしても、謎が多い。

 ともかく、幽霊退治は寺本と風馬の体質を証明することを目標としたヒマ潰しだ。

 しかし今回の事故物件には、怪奇現象が継続的に起きていることを説明し、収まったことを確認してくれる依頼人がいない。ただ怖いだけの余興である。

 ちなみに綾瀬は今月いっぱいで引っ越すらしいから、遊びに行くなら今のうちだぞとトムが言った。

 やる気が再起した寺本は企画した。この余興で二つのテストをしよう。

 一、寺本(非モテ)とトム(モテメン)と綾瀬(ヤリチン)という三タイプから、性経験値と霊感の相関関係を探る。

 二、風馬には物件の共同トイレで死亡事故があったことなどを伏せ、前情報が少ない状態で幽霊を探してもらう。そしてあまりにも的外れな言動をするようなら演技派の抹殺者と見なし、美愛共々ハニトラちゃんと呼ぶことにする。


「……おれ、ハニトラ決定……?」


 一通り寺本の語りを聞き、風馬は慄きを口から出した。

 公園の道端でいきなり逃走したり、物件の通路で力任せにバックハグしたりと、自分は的外れな奇行ばかりしている。きっとテストは不合格だ。


「けどあの共同風呂で幽霊遭遇したんじゃねぇの?で吐いちゃったんだと思ったんだけど」


 畳の上で胡坐をかいている寺本が、わずかばかり首を竦めて尋ねた。

 吐いたことは忘れてほしいが取り消しようもなく、次は風馬が語る番になった。


 風呂場には確かに霊がいた。

 分類するならいわゆる地縛霊。浴槽の中で息絶えた。とても苦しんで死んだ。生前も苦しかった。生きているのかわからない時がよくあった。下宿屋を出入りしている人たちと肉体関係があった。多分お金かドラッグをもらっていた。以前から殺されるような予感がしていた。もしくは助けてほしくて殺してほしいと言ったらおもちゃにされてしまった。

 あの霊が、十数年前に起きた殺人や不審死と関係しているのかはわからない。もっと古い時代の出来事のような気もするが、当時を知らない風馬の印象に過ぎない。

 何にしても水気や不潔など怨霊が強化されがちな環境だったから、波長の合う人が集まりやすくなっていた可能性はある。それで時折死亡事故が起こるのかもしれないし、単なる偶然にしろ、この物件がいっそう淀む要因にはなっている。

 淀んだ場所には、いわゆる浮遊霊も寄り付きやすくなる。外から来たようにも見えた人影の霊はそれだろうか。あれは風馬に憑いてから消えるまでの間が短すぎて、殺意くらいしか読み取れなかった。

 ひとまず風馬が綾瀬からもらった憑依霊は多分、淀みに引き寄せられてきて綾瀬に憑いたか、淀みの染みていく綾瀬が外出先で憑けてきた浮遊霊たちだろう。




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