3. 山あり谷ありのスクールライフにやっと順応してきた頃に、最初の奇跡は起きた




 2学期が始まると風馬のスクールライフはだいぶ安定していて、ニコイチのクラスメイトもできていた。その名の通り美しく愛らしい美愛みあは、プチプラコスメとあざかわオシャレが好きで、異性からモテすぎて同性が離れていく宿命を自認している小悪魔だ。


 美愛のいる学校は風馬にとって楽しい場所になったが、時折毒虫のような孤独感や嫉妬心や自己嫌悪や破壊衝動が身中でのたうつし、何はなくともブレやすいメンタルが地を這うこともある。


 そんな山あり谷ありのスクールライフにやっと順応してきた頃に、最初の奇跡は起きた。


 夏と秋の匂いが混ざり合う9月末の宵口だった。


 夜間は悪霊たちが活発になりやすいから、日頃はなるべく日暮れ前に寺院へ帰っている風馬だが、この日は文化祭の後夜祭に参加していた。


 早稲田わせだの夜光に包まれた校庭には眩い広角ライトが焚かれ、色濃い陰影を描く群像が、流れる音楽に合わせて激しく体を揺らしたり、無関係な動きをしたり、喋ったり叫んだり笑ったりしていた。


 たゆたう熱気に浸りながら、美愛とお互いを撮り合う狭間に、ふと、風馬は異変を自覚した。


 体が浮いているように感じて下を見たが、足は普通に地面に着いている。

 ただ異常に体も頭も心も軽くてものすごく清々しいだけだ。


 生まれて初めての感覚だった。


 まるで今やっと生まれ落ちたような圧倒的違和感の正体を、まさか自分は死んだのかと焦りながら探ったら、己の中に棲み憑いている三つ四つの魂がなくなっていた。

 少年期にはだいたい定住し、風馬の精神を時に激しく時に優しく蝕み、時には心身を乗っ取り、もはや細胞レベルでがっちりみっちり根づいていたS級悪霊のバリューセットが、忽然と消えている。


 なんで。


 何かの間違いだ。


 こんなことあるはずがない。


 生まれて初めての体感は風馬を混乱させた。夢を見ている疑いも抱かせた。


 なにせ風馬ハウスの定住者たちは全員がチートで、お祓いキャリア豊富な高僧や宮司やシャーマンやエクソシストを取り揃えても噛ませ犬になるだろうとみられてきたし、風馬自身の霊力もチートだから辛うじて憑り殺されずに化物と共棲できていたけれど、連中が一気に飛び出ていったりしたら周囲に影響が出ているはずだ。


 見渡す限り、人々が祭を味わう校庭に異変はなかった。


 わけがわからず、あまりにも清々しくて風馬はふらつき、美愛に腕を支えられた。


 急にどうしたの、体調悪いのと聞かれるが、むしろ体調は説明できないくらいよすぎるし、いつもはやむなくスラスラ出てくる嘘をつくのもなぜだかすごく嫌で、首を横に振るしかない。


 心配する美愛と、夏休みから美愛と付き合い始めた2年生の先輩に付き添われて寺院まで帰った。


 仕事から帰ってきた九蔵も、連絡を受けて駆け付けた和尚も、風馬の身に生じた異常あるいは奇跡について、確からしい解釈をつけることはできなかった。


 ああでもないこうでもないと話し合う坊主たちを他所に、風馬はだんだんどうでもよくなってきた。


 いなくなった悪霊たちなど鬼糞どうでもいい。自分には美愛や和尚や九蔵がいて、身を案じ、手を握り、力を貸してくれる。なんて幸せなのだろう。

 憑かれていない人の心というのはこんなに安らかでポジティブで満たされているのか。

 やっべ。風馬は幸せすぎて泣いた。


 人生初の多幸感に酔い痴れる風馬とは反対に、思案顔の和尚は慎重だった。


 悪霊はとかく狡猾で粘着でヒマなかまってちゃんが多いから、近頃人生を謳歌している風馬の気を引きたくて、一斉にかくれんぼしているだけの可能性もある。油断は禁物だ。


 また、S級住人たちはこれまで、宿主に寄りつく雑魚霊を跳ね返すバリア機能を果たしてもいた。現在、バリアを欠いた風馬は大変無防備なホイホイ状態なので、しばし安静にした方がいい。







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