4. なぜペンケースが窓の外へ飛んでいったのか、尋ねる気にはならなかった
経過観察しようということで、運よく土日と重なった2日間、風馬は寺院から一歩も出ずに過ごした。
その間、和尚は鎌倉へ帰らずビジネスのスケジュールもキャンセルして、風馬と瞑想をしたり、護摩の祈祷を施したり、敷地内に結界術を張り直したりした。
週明けから5日間は九蔵に付き添われながら登下校した。
九蔵の体質はいわば風馬の対極にあり、陰属性の霊は彼に近寄らないため、連れて歩けばお札代わりになる。
しかしホイホイとバチバチが肩を並べていると、体内磁石がぐおんぐおんしているような不快感に耐えなければならず、次第に毛細血管が切れるなどして内出血だらけになるので、あまり長くは続けられない。
お札氏による送り迎えを取りやめ、高波のような幸福感も落ち着いてくると、懸念されていたとおり風馬ハウスは入れ食い状態になった。
この状態は幼少期以来、いやもっとひどい。
風馬が幼少期を過ごした山里と違い、東京という街は人の霊が多すぎる。
多すぎるだけに、憑りつけそうな標的と見れば我先に突っ込んできて、ベタな無念や煩悩を四方八方からアピールしてくる。
風馬は少しずつやつれていった。
S級たちに戻ってきてほしいとは思わないが、孤高を愛しすぎて死んだ中ボス霊でも現れ、雑魚霊たちを一掃してほしい。
世俗的な不浄霊を大勢くっつけていると、自分の周囲で微妙なアンラッキーが起きやすくなったり、中てられやすい人たちから無性に嫌われたりする。
悪い予感は的中する。
不運にも足の指を骨折した美愛が、固定期間用のかわいいスリッパをポチッたのにまだ届かないという理由で欠席した、11月下旬。
しょんぼりと男子トイレの個室で用を足していた中休み――この小用習慣は風馬の性表現が迷走していた入学当初からの名残だ――、上からぐしょぐしょの物体が降ってきた。
ドアの外側にいる誰かが、棚から出した予備のトイレロールを水道で濡らしてから投げ込んだようだ。
溶けかけの白い塊は風馬の肩口に当たり、服に張り付きながら床へ転がり落ちた。
アハッという笑い声や幾つかの足音が去り、ドアを開けた時には誰もいなくなっていた。
次の日も美愛は欠席した。
松葉杖をついて家から駅まで行ったところで引き返したらしい。
しょんぼりと食堂で昼食をとった昼休み――公立なのに学食がある上に安いというのが当校の正式な特色らしい――、食事を終えて教室へ戻ると、机の上に置いていたペンケースがなくなっていた。
行方を知らないかと風馬は周りに尋ねた。
近くにいる人たちは首を傾げたり目を逸らしたり、聞こえていないふりをした。
ちらりと窓を指さした人のおかげで、外に落ちているのが見つかった。
なぜペンケースが窓の外へ飛んでいったのか、とまで尋ねる気にはならなかった。
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