5. その半月後に、2回目の異常または運命の出会いが起きた




 その半月後に、2回目の異常または奇跡が起きた。


 4時間目、学年集会に出るために多目的ホールへ向かっていた。

 カジュアルな集会のようで、クラスごとに整列して入場する指示がなかったから、無造作に1年生たちが溢れ出す廊下は混雑していて、まだテーピングが残る美愛の足元を気にして歩いていたら、風馬と誰かの肩が掠めた。


 すぐに「あごめん」と短い声が向けられた。

 他クラスの男子だ。

 簡素だが他意のない表情だった。


 ほわっと心が浮いて風馬は「ごめん」と謝り返し、美愛との会話に戻った。


 数秒後、階段を上がり始めた時に気づいた。

 蓑虫みたいにごさごさと体中に覆い被さり絡み付いていたはずの雑魚霊たちが、一匹残らず消えている。


 ――――また?


 なんで?


 いつの間に?


 風馬は戸惑いを抑えて思索し想像した。


 そしてやっと、この校内に、キャリア豊富な高僧や宮司やシャーマンやエクソシストよりも優れた祓魔師が潜んでいる可能性を考えた。


 周りを見渡した。


 そんなすごい能力者なら、隠しきれない後光とか聖なる匂いとか、S級霊さえ裸足で逃げ出す殺気か何かを放っていそうだ。


 人波が階段を上がっていく。

 けたたましく哄笑したり、意味もなく駆け出したり、やけに髪型を気にしたりしている。

 隣の美愛だけが少し不思議そうに風馬を見ている。


 ……わからない。


 ひどく清々しいけれど釈然としない気分で、人波に流されるしかなかった。


 ともかく以降、心なしか治りが遅かった美愛の足指は順調に回復したし、風馬が誰かに私物を投げ捨てられたりする事態は止んだ。


 月日が経つにつれ、都合のいい偶然か妄想のように思えてきたそれが3回目を数えるのは、翌年の6月初頭だ。


 もしも進級を境に美愛とクラスが分かれたら退学しようかなとも思っていた風馬は、2年生になっていた。


 前回のあれから半年が経過していて、ねばっこい不浄霊が腐るほど詰まった風馬は機嫌が悪く、このところ感情を制御するのに苦労していた。

 そんな中で始まった球技大会だった。


 欠場するべきだったが、4月にあったスポーツテストで山里育ちの身体能力がクラスメイトたちにもてはやされ、逃げづらい状況に陥ってしまった。

 風馬自身、本音では運動も競争も好きだし、人から頼られるなんてほとんど初めてだから応えたい気持ちもある。


 感情が暴れないように気を張りながらバレーボールの補欠に入った。

 既にバスケの試合に出た後で、だいぶ消耗していた。


 至近距離でネットインした相手ボールを叩き返そうと、咄嗟にジャンプした体勢が前のめりすぎてネットに突っ込み、ネット際でブロックに入りかける相手選手に接触した。


 どっと床に倒れ込んだ半身が衝撃を受けた。


 精神を消耗している時に肉体がダメージを受けると、恐れや怒りが瞬時に膨れ上がり我を忘れやすくなる。

 バケモノに意識を奪われた過去がフラッシュバックして風馬は息を止めた。


 が、次の瞬間には気づいた。


 清々しい。

 軽やかに心臓が跳ねていて、じぃんと痺れる肘や腿がもっと遊びたがっていて、怒りなんてどこにもない。


 前を見上げた。


 相手選手は接触された片腕を「うぉビビったぁ」と逆手で押さえながら、ネット越しに「大丈夫?」と風馬を覗き込んだ。


 そして風馬は思い出す。


 この男子、去年の12月に廊下で肩が掠めた人だ。

 あの一瞬は印象に残っている。

 彼と肩が掠め、謝り合った後に、体中に纏いつく雑魚霊たちがさっぱり消えていることに気づいたのだ。


 まさか。


「あの、去年、後夜祭にいましたか?」


 チームメイトたちが駆け寄ってくる現状も忘れ、風馬は目の前の男子に尋ねた。


 目の前の男子は「は?」と、これといって特徴のない顔をきょとんとさせながらも、「後夜祭?文化祭の?いたけど?」と急な会話を成立させた。


 風馬は確信した。


 あの後夜祭は自由参加で、上級生中心のイベントだから残っている1年生は少なく、隅の方に寄っていた。

 グラウンドでは歌芸コンテストが行われていて、出演者が入れ替わる幕間にマイムマイムが流れた時は、観客たちは付近にいる人と手を取り合って数珠つなぎになりながら踊らなければならないルールが課されていた。


 数回目のマイムマイムが流れ、美愛と繋いだ手の反対側から聴こえた「またかよもぉぉ」という声は、今この目の前にいる男子の声とよく似ていた。

 暗いし気まずいから顔はよく見なかったし、風馬は祭の高揚に呑まれて気づくのが遅れたけれど、手を繋ぎ踊っている時にはもう、空も舞えそうな多幸感に包まれていた。


 つまり。


 この男子と体が触れた時、風馬ハウスの住人共はいなくなる。

 S級だろうが雑魚だろうが関係なく、あの手この手を使って抵抗することもなく、ふっと退去してしまう。


 つまり。


 この男子が、人類最強の祓魔師―――……?


 まじまじと見上げていたら、チームメイトに「だ、だいじょぶ?立てない?」と横から声をかけられ、風馬は我に返った。


 慌てて立ち上がりながら「ごめん平気。ドジってびっくりしただけ」と笑ってごまかし、目の前の男子にも「ごめんなさい」と謝った。


 目の前の男子は「え?そんだけ?なんなの」と怪訝な顔をしながらも、やって来た監督教師に「ケガないです俺は」と伝え、コート前のポジションからローテーションしていった。


 中断しかけた試合は間もなく再開された。


 一度休憩を勧められた風馬だが、コンディションはむしろ最高潮だし、補欠の選手が足りないこともあって結局交替しなかった。


 自分史上最高に楽しい体育時間を過ごす一方で、あの男子にどうしても目が行ってしまい、うっかりスパイクで彼を狙い撃ちしないように苦労した。







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