2. 黒歴史になった1学期の日々は特に思い出したくない




 風馬は悪霊ホイホイ体質である。


 呪われし家系による遺伝だから諦めていた。


 幼少時から雑魚ざこ霊も猛者もさ霊も無差別にベタベタくっつけていたし、四次元ポケットではない風馬の身体は常に容量オーバー状態で、次第にS級の悪霊専用シェアハウスになっていた。


 いずれ自分は完全に自我崩壊して制御不能なバケモノとなり、機動隊とか自衛隊とかに射殺されて早めに人生を終えるのだ。それしか選択肢はないのだ。


 だからせめてそれまでは、できるだけやりたいことしていたい。そのつもりで高校なんて分不相応な所に入ってしまったのが、去年。


 思い出すたび壁にヘッドバットしたくなるくらい、風馬は高校デビューに失敗した。


 主に自分自身の無知と軽率が原因だが、1割くらいは、この高校の口コミのせいだ。


 風馬は小学校にも中学校にもほとんど通ったことがない。社会との関わりが少ない環境で暮らしながら、ホームスクーリングや特別支援学級で教養は身に着けていたが、夢と希望と一般常識に欠けていて、進路の選択基準が何もなかった。


 岐路を覆う陽炎かげろうを空ろに眺めていた14歳の頃に、風馬は僧職の事業家に身柄を引き取られた。裕福な和尚は少年に言い聞かせた。何も遠慮することはない。己の心に従いなさい。今を大事に生きなさい。


 SNSやポータルサイトで高校探しを始めた風馬の目に留まったのが、東京、二十三区でも指折りの底辺らしい公立高校だった。


 その高校には種類豊富な社会不適合者が普通にわんさといて、校則や制服などあってないようなもので、大学受験やコンドームに縛られたくない人にはユートピアだと書かれていた。


 破壊と落書きが目立つ校舎、ハロウィンかラグナロクのような格好をした生徒たちの写真や、校庭や体育館で大勢が乱闘または発狂しているような動画も見つかった。


 もしも自分が存在してもいい場所があるとしたら、ここしかない―――


 受けるだけで受かるらしい入試に風馬は無事合格した。


 もしも学校内でバケモノが暴れ出したら。周りの人たちを傷つけてしまったら。不安は尽きないが、それ以上に風馬はフワついていた。入学準備を進めるにつれ深夜めいたテンションになっていった。


 ユートピアから送られてきた手引書やネット情報を参考に、学用品を揃えていった。


 あってないようなものらしい学生服も、せっかく学生になるのだから着てみたい。着ていたら校内の風紀を乱してしまうもしれないが、気の合う友達を見つける上で自己表現は大切だろう。


 浮かれる足を東京まで運んで制服を誂えた。デザインは上が黒のブレザーと紺のネクタイ、下はグレーでスカートかスラックス。

 スカートを選んでみた風馬はいわゆるクエスチョニングで、最近はかっこいいよりかわいくなりたいし、学園にいる自分を想像してみたらパンツよりもプリーツの方がエモかった。


 入学準備の仕上げは引っ越し作業だった。

 和尚の住まいは神奈川県の鎌倉市にあり、新宿区にある高校まで通学するには不便だし、外出先で風馬の身にトラブルが発生しても和尚はすぐに駆け付けられない。


 そんなわけで、風馬は文京区にある寺院の宿坊に下宿することになった。修行中の僧侶たちが寝食するそこには、和尚の養子であり弟子である九蔵くぞうも間借りしている。

 勤行より格闘が好きな九蔵は近所のトレーニングジムで働いており、更に生まれつき退魔系の法力が高い体質らしく、S級悪霊をKOするのは無理だとしても、風馬の見守りを任された兄貴分だ。


 とはいえ仏教系の小中高一貫校をとっくに卒業している九蔵から、ユートピア入学に向けての的確な助言はなかった。


 かくして飛び込んだ高校は、風馬の想像図とは違っていた。


 校舎の窓ガラスが全損していないし、そこここでリンチやエッチをしている人々の姿もなければ、入学式の壇上に火炎瓶が投擲されたりもしない。しかも生徒たちは9割方制服を着ている。


 のちに知ることだが、当校の風評は口コミがネットミーム化して盛り盛りされた都市伝説みたいなもので、無法地帯を匂わせる証拠映像も文化祭など解放日の一幕に過ぎない。

 また、生徒の格好に私服が混在しがちな背景には、制服のサイズが合わなくなったり汚損破損したりしても新調できない貧困率の高さがある。


 理想郷に夢を馳せすぎていたことを、わりと早く風馬は悟った。


 しかしデビューの仕方が手遅れだった。


 とりあえずスカート女子→スラックス男娘→ジェンレス男子へとキャラチェンするまでの、仮病と逃亡を繰り返しながら退学を検討した1学期の日々は特に思い出したくない。







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