14. 風馬の頭には、説法に反論した挙句九蔵にノーザンライト・スープレックスからの腕ひしぎ十字固めを極められる寺本が思い浮かぶ




 テストに全然集中できない1週間だった。


 とはいえ風馬は、この高校の定期考査に苦しめられたことはまだない。

 どの教科も、授業中にプリント付きで解説された例題と一言一句違わない設問しか出題されないし、そのことを先生たちは事前に何度も伝える。

 要するに普通に授業を受けていれば試験対策は十分なのだ。


 テスト本番をやりきり、テスト返しも半分終わった金曜日の昼。


 ランチトレーを携えた風馬と美愛は、辛うじて確保したテーブルの空席に肩を並べた。

 今日の学食は心なしかいつも以上に混んでいて、騒々しい。


 風馬は親子丼を前に箸を取り、喧噪の中に呻き声を混ぜ込んだ。


「うーケータイほしい」


「それなー」


 サンドイッチのラップを剥がしつつ美愛が続ける。

 1年生の時から何度となく交わしている愚痴ではあるから雑な口調だ。


 だが最近の風馬は自分史上最大に、スマホを携帯できない学校生活に歯痒さを感じている。


 1週間前。


 三人でアイスを食べた放課後、風馬は寺本と美愛と意見を出し合い、試しに数種類のSNSで除霊依頼募集用の共同アカウントを作成した。


 ついでに、アカウントに掲載する三人のポジションなどを適当に設定した。

 風馬は除霊リーダー兼アカウント運営係、寺本は除霊アシスタント兼アカウント広報係、美愛はアカウント運営アシスタントだ。


 そこまで決めたところで、この日は解散になった。


 風馬は話し足りなかったが、アイスを食べ終わっているのにイートインスペースに居座るのはマナー違反だし、寺本には早く帰宅したい用事ができていたし、美愛には専門学校の授業がもうすぐ終わる彼氏と会う予定ができていた。


 次の日、土曜日。


 朝早くからオシャレした風馬は、更に数枚の衣装とメイクセットを携えて美愛の彼氏宅に行き、美愛と構図や台本を練りながらアカウントにアップするための映像を作った。


 以前から美容系コスメ系の動画をあげたり配信したりしている美愛は、喋り慣れているし編集が早いしアイデアも豊富だ。


 風馬は正直、自分が霊感人間であることを公言するのは吐きそうに嫌だが、堂々と開示しなければ除霊を依頼したい人からの信頼は得られないだろうし、『#心霊』から漂う暗くて怪しいイメージを改革するためにも、明るく楽しい感じを出していきたい。


 それに、高校の人たちなどに垢バレしにくい方法でアカウント登録しているから、気兼ねなく自分をデザインできるのも嬉しい。

 ただ、あまり女子寄りすぎると投稿を見た寺本に引かれるかもしれないが…。


 この場に参加していない寺本はちなみに、アカウントの運営方針や投稿内容に関しては風馬と美愛に任せている。


 ランチタイムを挟み、何本か画像や動画を試作した。


 アップする前に感想を聞いてみようと寺本に連絡したら、少しばかり意外な報告が返ってきた。


 寺本は昨晩、除霊依頼募集用の広告を出稿したいからクレジットカード情報を借してくれと両親に頼んだそうだ。

 以前から彼は両親が経営する電気工務店を手伝っていて、SNS広告の運用もしているため勝手はわかっているし、除霊募集の広告費は自分の給料から引くつもりなので、当然許可されると思っていたらしい。


 ところが両親から許可は下りず、そういう楽しそうな自由研究は夏休みに入ってからやれと言われたという。


 そういうわけでしばらく広告は出せませんと報告した寺本は、今オンラインゲームしている最中だとかで通話を切った。


 いずれにせよ、風馬と美愛は好きなようにやるのみだ。

 アカウントの内容が多少充実してから広告を配信する方が効果的だろうし、寺本も運用を始めやすいだろう。


 けれど風馬はちょっとガッカリ、またはモヤモヤ、それかムズムズしている自分に気づいた。


 何が引っ掛かっているのだろうと頭の隅で訝りながら記念すべき初投稿をして、バイトに行く美愛と別れて電車に乗ったら唐突に、重大な過失に思い至った。


 ―――和尚と九蔵に寺本のことを話していない。

 それどころか除霊まがいの活動などすることにしてPRぽい活動を始めてしまった。


 風馬はいっとき呆然とするほどに緊迫した。


 それから色々と想像して葛藤した。


 考え込みすぎて降りるべき駅を通り過ぎてしまい、闇雲に降りた街をうろつく間に、そのへんにいる雑魚霊を拾ってしまった。

 ちくしょう昨日一掃したばかりなのに。


 ―――十中八九、和尚たちは除霊まがい活動に賛同しないだろう。

 なんなら大反対するだろう。

 ともすれば風馬と寺本を御堂に集めて懇々と説法を聞かせるかもしれない。


 風馬の頭には、説法にべらべらと反論した挙句九蔵にノーザンライト・スープレックスからの腕ひしぎ十字固めを極められる寺本が思い浮かぶ。

 ちょっと見てみたい気もするが、実現すれば九蔵は通報され和尚は慰謝料を払うだろう。


 そんな痛々しい結末を迎えるよりは、和尚たちに隠し事をして、自分の好きにする方がいいだろうか。

 それとも、まがい活動も体質の証明も寺本も諦め、悪霊に憑かれ続けるべきなのか。


 答えは出せないまま、初夏の日没がゆっくりと近づいてくる。


 寺院の宿坊では、宿泊している観光客の夕食が一段落するだいたい7時に、僧侶たちの食事が始まる。

 まかない的な残り物をさっと頂くだけの精進タイムで、修行僧ではない風馬は自室でマックやゴディバを食べてもいいのだが、ぼっち飯は寂しいので大概相伴に預かっている。


 僧侶たちはいつものように夕飯を一膳余分に用意してくれることだろう。

 もし風馬が来なければ器にきちんとラップをして冷蔵庫に入れておくだろう。


 帰らなければ。


 後押しするように曇り空から夕立が降ってきて、寺院に着いた風馬は濡れ鼠だった。


 ざっとシャワーを済ませてみれば、まだ6時過ぎだ。


 衣装たちを洗濯乾燥機にかけ、自室に戻ってスキンケアと天パケアも済ませ、7時を回ったのでそっと食堂へ行った。


 九蔵は近頃仕事の遅番に入っていて夕食の席にはいない。

 少し寂しく感じる反面、今は顔を合わせづらいからほっとした。

 とはいえ九蔵は、法力は高いが霊感は鈍く、風馬の憑依霊が増減しても気づかないし、勘も鈍いから人の隠し事など察しない。


 夕食を終えても答えは出せなかった。


 風馬は何事も正解を探すのが苦手だし、物事には機運というのもある。


 そのうちベストアンサーが降って来るだろう。

 来たらいいな。来てくださいと星に願い、いったん忘れることにした。


 日曜日は出かける用事がなかった。


 自室でテスト勉強をしたり、寺院の裏庭で剣道のひとり稽古をしたりする傍ら、除霊依頼募集アカウントを構った。

 些細な独白でもこまめに発信した方がいいだろうし、興味を持ってくれそうな人や、霊障で困っていそうな人も探したい。


 数種類のアカウントには、ぽつぽつとイイネが付きだしていた。

 昨日投稿した画像や映像の効果、もっといえば美愛効果だろう。


 少しだがコメントをくれているのは、アカウントを見た感じ全員男性だ。

 単に容姿を褒めているだけ、年齢を聞いているだけの内容もあれば、オレの租チンを除霊してくれ的なクソリプもある。

 運営側にBANされそうだから本当にやめてほしい。


 あくまで真面目なヒマ潰しであることを主張しようと試行錯誤しているうちに、日曜日は暮れていった。







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