15. 寺本は学校を休むほどしんどい状況に陥っているのではと、風馬はすごく心配になった




 月曜日、期末テスト1日目。


 脳を一応テストモードに切り替えていた風馬は、食堂へ下りていった昼休み、美愛がちらと笑いかけた方に目をやってから、そこに寺本がいることに気づいた。


 彼は4組の男子と共に日替わり定食の配膳カウンターに並んでいて、横を通り過ぎる美愛と風馬に気づくと、微妙にわざとらしいような笑い顔をして「うぃす」と言った。

 すると隣にいる4組男子も振り向き、思いきりじろじろと二人を見送った。


 席に座ってから、風馬は急激に湧いた疑問を小声で吐いた。


 ―――寺本は一体、3日前の放課後の出来事を、4組生たちになんて説明したのだろうか。


 同じことを考えていたらしい美愛は「それな」と返し、しかし比較的どうでもよさげに小首を傾げつつ「多分適当にごまかしたんじゃない?」と回答した。


 風馬は腑に落ちなかった。

 クラス中に告白フラグまたはストーカー疑惑が立っていた状況で、どんな逃げ口上を使えば適当にごまかせたことになるのだろう。


 色んな種類の口上を脳内で審査するにつれ、風馬はぐるぐるしてきた。

 最終的には寺本の“若干わざとらしい笑顔”が“内心しんどい笑顔”に変換されて脳裏に張り付き、詳細はわからないが自分のせいで彼に負担をかけているという推論にずしんと着地した。


 火曜日は寺本を見かけなかった。


 水曜日、期末テスト最終日も見かけなかった。


 彼は帰宅様式のみならず昼食様式もランダムなので、教室でボドゲなり勉強会なりしながら家弁や買い弁を食べていたと推測できる。

 ただし風馬の脳内では、自分と美愛に会わないように食堂を避けていたという解釈が加わる。


 全校朝会がある木曜日にも、彼を見かけなかった。

 体育館にだらだらと入場してくる4組の列に目を配っていたが、彼の顔はそこになかった。


 ―――とうとう学校を休むほどしんどい状況に陥っているのでは。


 風馬はすごく心配になった。


 寺本に連絡して事情を聞こうと思ったが、手元にスマホがない。

 朝一で担任に回収される生徒たちのスマホは今、職員室に閉じ込められている。


 じりじりと半日を過ごす間に心配がねじれ、悲しくなった。


 ―――考えてみれば余計な世話かもしれない。


 風馬は寺本に秘密を話したり握手を交わしたりして仲よくなった気でいたけれど、寺本は風馬にしんどい現状を共有してこない。

 彼に友達として認識されていないから、インスタを交換してもいないのだ。


 共同垢を作ったりLINEを交換したりはしたけれど、どれも除霊活動をするためのツールに過ぎない。

 だから私的なやりとりをするわけでもなく、風馬の私服や独白に彼が感想をくれることもない。


 もしも彼に『今日学校休んだぽいけど大丈夫?』などと尋ね、『なんで出欠把握してんだよキモ』とか『除霊以外で関わってくんなウザ』とか言われたら、多分何もしたくなくなるくらい落ち込む。


 4組生たちのインスタを覗いて近況を探るという方法もあるが、ストーカーが再臨したと騒がれかねない。


 やきもきしながら風馬は家路に就いた。


 宿坊の縁側で黄昏を眺めた後、僧侶たちに混ざって夕食の席に着いたら、少し久しぶりに九蔵も一緒だった。


 露骨に箸の進みが遅い風馬の様子は、勘の鈍い九蔵でも目についたらしい。


「おい食欲ねぇのか?夏バテしたか」


 風馬は首を横に振った。九蔵は更に尋ねた。


「あーもしかしてテストの点ひどかったのか」


 風馬は首を横に振った。

 九蔵は更に尋ねた。


「んーなんだよじゃあ好きな人でもできたのか?」


 風馬の首は縦にも横にも動かなかった。


 肯定だと判断したらしい九蔵は「おーーそうかよまぁ夏だもんなぁ」と上機嫌で適当発言をして、恋愛は悩んだら負けだからとにかく楽しんで勝てみたいなクソバイスもして夕食を終えた。


 自室に戻っても風馬の首は固まっていた。


 ――――――好きなのだろうか?


 6日前、恋愛体質の憑依霊たちが一斉退居したらスッキリさっぱりするかもしれないと思っていたが、わからない。

 とりあえず現状、彼のことを考えすぎている状態は変わっていない。


 何にしても風馬の気分は夕食前より上がっていた。

 九蔵に兄貴ぶって世話を焼かれると、風馬は内出血だらけになるとしても多少元気が出る。


 元気が出たから勇気を出して、メッセージを送った。


『今日学校いなくなかった?』


 5分待ったが既読は付かない。


 風馬は永遠に正座待機しそうな足を気合で立たせ、僧侶たちのラッシュアワーが始まる前に風呂へ行った。







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