12. 風馬は今8センチくらい空けて隣に座っている人物に触りたいだけなのに、ゴールが遠い




 耳を疑い、風馬は言った。


「………おれ、モテ枠じゃないよ」


 ハッ!と寺本が笑った。

 風馬が軽く引くボリュームで立て続けに笑い、スプーンを口に運ぶ美愛が「うるさい」と心から迷惑そうな声を出した。


「さーせん。けど言わせて。きみ去年体育祭でリレーアンカーしてたよね。2か月前の球技大会でスパイクばかばか打ってたじゃん。あとなんか掛け持ちしてなかった?バレーで俺とぶつかる前」


「バスケしてたけど」


「フッうざ」


「なんで」


 ひどい。

 風馬はイラりに次いで悲しみが滲み出すのを感じた。


「自覚ねぇの?カマトトやめて?スポーツイベントでアンカーとか掛け持ちとかバスケとかしてる奴は基本モテ」


「でも違うよ。去年のアンカーはみんながやりたくないの押し付けられたやつで、おれ嫌われてたし…ちょっといじめられてたと思うし…今のクラスはそんなことないけど、イベントとか必要な時しか仲よくないから、美愛がいなかったらぼっちだし、他の人たちはおれがいるとぎくしゃくして疲れるのわかるし、ブスだしモジャモジャだし、」


「待ってきみブスなの?」


「そうだよ」


「ひっど…じゃ俺はゲロブスなんだ」


「ち、そ」


「視界ブスだらけすぎて地獄に感じるんじゃねぇの?あ、おばけ見えるってそういうこと?」


 プスッと吹いた美愛が、ようやく空っぽになったカップにスプーンを置き、にっこりした。


「寺本さんて、思ったよりバカ」


「な」


 すぐさま応酬しそうに寺本は口を開けたが、風馬を挟んで美愛と目が合うと喉が詰まったように口籠った。


「今の風馬はステータス異常だから、自分だけ汚く見えてるの。寺本さんが触ってあげれば元に戻って、もっとキラキラの風馬になるよ」


「それ見た目で変化わかるんすか?」


「うん。寺本さんはわかると思う」


「根拠ある?」


「人のことよく見てるから。去年の体育祭で他クラスのアンカーしてた人、私誰もわかんない」


「いやそれは、きみたち自分でどう思ってんのか知らねぇけどわりと目立ってるんで。知名度あるから見覚えやすいだけで、雰囲気変わったとか言われても俺わかんないよ?」


「だったらわかんなくてもいいし」


「それがやだ。効果見えなきゃマジで人助けしたのか本気でヒマ潰しされたのかわかんねぇじゃん。俺を利用したいなら俺が利用されたくなるように証明してよ」


 うーんと美愛は下唇にスプーンを当て、空中を浮遊している名案を探すように瞳を動かし、「前の超能力みたいなやつ、今できないんだよね?」と風馬を見やった。


 風馬はしょぼんと頷いた。


 去年、風馬の感情の高ぶりに合わせて机の上の物が倒れたり壊れたり、美愛が撫でられてたりしていた現象は、風馬の『影』の仕業だった。

 長年S級と共棲していた関係で、風馬の『影』は癌に侵された細胞のように悪霊化してしまい、その気になればワンパンで黒板を粉砕できるくらいに力を増幅していた。


 しかしS級たちが消えた後夜祭の晩以来、『影』の蛮行は起きていないし起こせる感じもしない。

 それ自体はいいことだが、今の風馬には自身の状態を霊感ゼロ人間に証明する手段がない。


 肩を落とす風馬に構わず「超能力つった?どんなの?」と食いつく寺本を、美愛は「もう使えないんだって。寺本さんのせいで」と軽くいなし、いかにも残念そうに独りごちた。


「他に方法あればいいのにね」


「あるじゃん一応」


 ちょっと面白そうな退屈そうな、それが通常運転らしき顔つきで寺本が言い、スリーブがくしゃくしゃに被せられたスプーンを身振り手振りに使いながら喋った。


「まず事故物件とか心霊スポットとかさ、よくわかんねぇけど絶対幽霊いる、毎日怪奇現象起きてるし毎回心霊写真撮れるみたいなとこ行くじゃん?したらそこにいる幽霊がきみに憑りつくじゃん?つくんだよね?」


 風馬は「う」と戸惑い、いくらホイホイ体質といえどもそこらじゅうにいる霊全員が必ず自分に憑いてくるわけではないと思いつつも、話の腰を折らないために「ん」と頷いた。


「で、きみが俺に触ればその幽霊が消えるわけでしょ?消えたら怪奇現象が収まるはずじゃんね。マジでちゃんと収まったか事故物件とかの持ち主に確認してもらって、OKもらえたら一応証明できたってことでいいんじゃない?」


 そっか…そんな証明方法があったんだ……!


 と感動した2秒後、風馬はその手順を頭の中で反芻し、非常にめんどくさく感じた。

 自分は今8センチくらい空けて隣に座っている人物に触りたいだけなのに、ゴールが遠い。






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