26. わたしは昂輝さんの気持ちを考え始めたよ




「うん。だからつまり……えーと……ごめん何言おうとしてたか忘れた」

「なんでだよ」


 にごした風馬に対してじれったい声を上げた寺本を、トムが「テラートが遮って喋ったからだろー」と窘めてから、「つまり」と風馬に目を戻した。


「ロクのアンラッキーはおばけの呪いじゃなくて、ロク自身のクセだって思えばいいのか?」

「うー…それはそれで失礼ていうか…本人的にはふざけんなって感じだろうけど…」

「どうかなー『ふーん』て感じだと思うぞ。ロクの精神年齢もう仙人クラスだからな」

「仙人でも性欲は悟らないんすね」

「それな」


 さわやかに肯定された寺本がニコッと笑い返し、ぐるりと押し入れの方へ目をやった。


「まぁよく考えたらヤるくらい仲いい友達たくさんいるあたり、詰んでるだけの人生じゃないよね。家電やボドゲやなんか色々くれる人たちもいて。仙人は人気」

「ニーナの弟が言ってたよ。ロクより優しいヤツ会ったことない」

「じゃあ触んなくてもいい?」


 視線を受け、風馬は焦らずに息を吸った。


「クセは変わってくものだし、綾瀬さんがもう大丈夫ってなったらあの霊も自然に消えるかもしれないし、今は傍でトムさんが見守ってくれてるし…一応おれも学校とかで会うたび見守るし、それでもし呪い系だってわかったらすぐに言うから、うん」

「りょす。除霊リーダー」


 除霊リーダー。耳に飛び込んできたその響きを咀嚼する前に、寺本が「あと」と挙手した。


「俺がうっかり触っちゃった時はどうすればいいですか」

「え?……えー……どうしようもない、かもしれない」

「すよね」


 テヘッと笑う寺本がどうしてニコニコなのかはさておき、風馬は初めて呼ばれたポジション名にじわりと感動を覚えた。


 憑依ゼロ状態の風馬はポジティブベースであると同時に脳みそが単細胞になりやすいため、早めに寺院へ帰って写経でもするべきなのかもしれないが、どうしても確認しておきたいことが一つ。


「おれ、ハニトラ回避できた…?」


 がさがさと押し入れの上段を物色している寺本が、だいぶ傷んだ人生ゲームの箱を持って振り向いた。


「んーん?」

「えええ」


 風馬は驚きと嘆きの声を吐いたが、寺本はさも当然の如き普通顔で歩いてくる。


「完全回避できるのは体質証明できた時じゃん?」

「でもだけど、おれも美愛も昂輝さんに恨みなんてないし、ひどいことするつもりないよ。せめてそれだけは信じて」

「いいの?」

「え?」

「そこだけ信じたらきみたちの動機はフワフワになって、とりあえずヒマだっていう前提が残るよ?」

「よくわかんないけどそれだめなの?」

「きみたちの目的はフワフワなヒマ潰しってことになるんだよ?」

「その方がまだいいよ」

「ふぇぇんよくないー。そんな空虚な目的で遊ばれるくらいなら恨みを込めて弄ばれた方がマシッ」

「ええええ」

「フーマ。構わない方がいい。テラートはヒマだ」


 トムがスマホしながら真顔で言い、寺本は「…あそぼ…あそぼ…」と呟きながら座敷の真ん中に人生ゲームを広げていく。山や建物のジオラマが付いた大きな双六すごろくだ。

 寺本が狂おしくヒマな亡霊だとしても、人のことは言えない風馬はかぶりを振った。


「でもおれ、ハニトラ呼びだけはいや」

「なんで?」

「っなんで?だって―――」


 ハニートラップといえば色仕掛け。和訳したら甘い罠。蠱惑的な美人しか連想しない称号だ。美愛ならともかく自分には合わない。合わないどころじゃない。学校で呼ばれたりしたら蒸発する。


「―――全然違うし…」

「あくまで冤罪を主張する、と」

「そういうことじゃなくはないんだけどうー」

「だけどぅー?」

「うううう」

「じゃあ呼ばない」

「ほんと?」

「なんか勘違いしてる非モテが自虐のついでにハラスメントしてる感じになるんで」

「ええ?そんな風には思わないよ」


 破れかけた小箱から、ごちゃごちゃと入っているカラフルな紙幣を掻き出した寺本は、適当に三等分した札束を風馬とトムにも配った。金額ごとに分けて並べる様子を見るに、同じように作業してほしいようだ。


「てか今回は余興だから余計なことしたくなったけど、言うほど俺かごめくんの霊感は疑ってねぇから。ガチの専門家なとこ早く見たくて、あとなんか共同垢のキャラとごっちゃにしてて、バカなテスト仕掛けたのはごめん。安全面から考えたらアウトだった」


 カラフルな札束を選り分ける斜め顔を見つめたまま、風馬は思索の時空へワープした。

 今まで、寺本は風馬のオカルト投稿をおそらく欠かさず見ていた。

 投稿の中で、風馬は霊感人間としての体験談や豆知識を散りばめながら、心霊という題材の暗く湿ったイメージを払拭したくて、やたらとポップでドライな感じを出そうとしていた。美愛と動画をあげる時はバチバチのメイク&ヘアセット&ユニセクシーなつもりコーデで、霊障当事者でもパワフルに生きられることをアピろうとしていた。

 寺本から見たら、謎が多い同級生の裏の顔は経験豊富で余裕綽々な霊能者、なんなら甘い罠だって張れちゃいそうにタフでクレバーなサイキック、みたいに映ったかもしれない。

きっと彼はそういうタイプの人が好きで、そんな除霊リーダーと同じ土俵で遊べるように、興味のなかったジャンルを怒涛の勢いで詰め込み、オカルト脳を仕上げてきたのかもしれない。

 全部ただの想像だけど。

 だけどなんだかものすごく、嬉しいような切ないような。


「―――おれ…」


 何を言うのが正解だろう。

 勘違いさせるようなキャラを演じて、がっかりさせてごめん?

 霊感だけでも信じてもらえてるならうれしい?

 うれしくないテストするなんてひどい。勝手な期待で振り回すな?

 安全面よりわたしの気持ちを考えろボケ?

 わたしは昂輝さんの気持ちを考え始めたよ。

 面白そうな退屈そうな、まっすぐなようでひねくれていて、やさしいようでウザくてキツいお喋りモンスターの裏の裏の裏くらいにある心。

 いや無理わからんエスパーじゃない。

 掴まれた手首を思い出した。

 ぬるい温度だった。蒸し暑い中を動いていたのにぬるかった。彼の手は冷えていた。


「昂輝さん、ほんとにおばけ怖いんだね」


 斜め顔が「は?」と上向く。


「怖いのに事故物件ちゃんと見回れたのすごいね」

「え、あの…バブ対応してる?」

「ううん。なんかありがとう」

「お礼言われた…」

「トムさんも、一緒に来て、話してくれてありがとう」

「おー。こちらこそありがとな。オレ初めての肝ダメシ楽しかったよ」

「ね、うん。意外に霊が多かったり重めのがいたりしてびっくりはしたけど、わりと楽しかった気もする」

「…ちなみになんですが、もう外におばけいない?」

「あーうーんどうなんだろう…重めのがいなくなったから引き寄せられてくるのはなくなると思うけど…淀みが晴れるまではうろうろ残ってるやつがいるかも?」

「ふぅん…?」


 何やら隙間風のような相槌を打った寺本が、半端に口角を上げた。見れば札束を分け終えた手で、人生ゲームのコマらしきミニカーをつまみ上げる。


「じゃ今からもっと楽しめるね…?」


 風馬はきょとんして、赤色のミニカーから半端なしたり顔へと目を戻した。


「これどんなゲーム?双六なのはわかるけどやったことない」

「大丈夫やりながら教えます。初めてでも欲を剝き出しにすれば全然勝てるよ。で、最下位の人は罰ゲームね」

「まあそう来るよな」

「大丈夫トム的には簡単すぎる罰」

「ほう?最寄りのドンキでソーダ買ってくるとか?」

「違ぇわ自分が飲みたいだけだろ。みんな大好きお掃除です。一人でさっきの風呂まで行って、かごめくんが吐いた床流してくること」

「うぁあ忘れてたごめんなさい自分でやる」

「だぁ待って行くな罰ゲームにさせて」

「やだよなんで?」

「俺に復讐するチャンスだよ?」

「そんなんする気ないってば最低」


 手の中の札束を放り出してゲームボードを飛び越えた風馬は、戸口へ急ぐ背中で「ちょ待あああ」という寺本の声を聴いた。









《終》




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ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます(T_T)


この後風馬は美愛と反省会したり和尚に隠し事を明かそうか迷ったり色々するのですが、書けたとしてもかなり先になってしまうので、初幽霊退治が完了したここで、一度完結済とさせていただこうと思います。


風馬の変な青春物語に付き合ってくださり、改めて感謝申し上げますm(_ _)m

ありがとうございました!!!

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ホイポイ〜ホイホイ体質はポイポイ体質に恋をする 真田 @kazuhiko_sanada

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