8. わたし、T本さんが好きなのかも…




「何考えてる?」


「美愛と、どんな風に友達になったんだっけ、て」


「私と同じ風には行かないでしょ」


「うん」


「―――ね。じゃあさ」


 何かを思いついた美愛の瞳が横向きの風馬を覗き込み、うるつやの黒髪が紙の上をさらさら泳ぐ。


「先に私がT本さんと友達になってあげよっか?それでペタペタ触れるノリにしとけば風馬も一緒にくっつけるでしょ?」


「……?」


 風馬はノートから片頬を剥がし、首を起こしながら想像した。


 先に友達……ペタペタ触れるノリ……?


 無邪気な感じに微笑んでいる美愛は、先月からバイト先の先輩と付き合っている。

 去年彼氏になった高校の先輩とは春に別れた。

 彼氏たちは全然タイプが違うけれど、彼らの方から美愛を好きになってアプローチしたという流れは共通している。


 美愛はわかって言っているのだろうか。

 彼女にペタペタ触られたりしたヘテロ男子は高確率で友達じゃいられなくなることを。


 ―――いや、でも。


 もし仮に、寺本が美愛に恋したとして問題があるだろうか。

 きっと美愛に会いたくて休み時間のたびに1組の教室まで来るようになり、ストーカー的立場が逆転し、風馬はコストもリスクもなく彼に触れるチャンスに恵まれる。


 メリットずくめ、メリットしかない―――はずなのに。


 なんか嫌だ。


「…わたし、T本さんが好きなのかも…」


「それ昨日も聞いたけどいいんじゃない?」


「……美愛とT本さんがペタペタするのいやかも…」


 にこーりと弧を描く唇の端に、美愛はシャーペンのノックキャップを添えて言った。


「それならほんとに好きだよね」


「ほんとに好きって?」


「恋愛感情で好きっていうか。昨日聞いた時はよくわかんなかったから。風馬がどういう感覚であの人のこと好きなのか」


「自分でもはっきりわかんないけど、なんだろう。ほんとはすごい話しかけたいし…仲よくしてほしい」


「今のところ、風馬にとってはT本さんて世界で一人だけ自分を救える人だもんね。恋愛じゃなくても好きになって当然だと思う。でも話しかけるなら、最初は切り分けて考えた方がよくないかな」


「好きなこと?」


「好きだから触りたいのか、救われたいから触りたいのか」


「両立しない?」


「心の中ではするだろうけど。でも両方持って突撃したらボガーンてなんない?」


「自爆?」


「情報量多いから。喋ってるうちに頭パンクして自分でも何言ってるかわかんなくなって、気づいたら詰んでたみたいな」


「ありそー……」


「両方とも叶えたいなら片方ずつ出してった方がいいよ」


「どっちから?」


「それは自分の心に聞いて」


 風馬は素直に内心を振り返った。


 とりあえず、時系列では『救われたいから触りたい』という思いが先だ。

 それに、今は恋愛体質の悪霊たちに憑かれているせいで救い主に邪な二次感情を抱いてしまう、のかもしれない。


 やはり寺本に触らせてもらうためには、まず救われたいことを伝えるのが正しい順序のような気がする。

 どれだけドン引かれようとも。

 彼が転校しない限り話す機会は作れるのだ。

 おそれるな。


 風馬は丹田に力を込め、一ミリも動かしていないシャーペンをぐっと握った。


「うん、決めた」


「話しかける?」


「うん」


「今日?」


「え」


「放課後行ってみない?私今日バイトないし」


「一緒に話してくれるの?」


「隣で見守りたいの」


 面白がる小悪魔の顔をして美愛は笑った。







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