7. 友達をやめた方がよくないかと風馬は尋ねた、面白いからまだやめないと美愛は笑った




「ゲイなのかもよ?」


 机を挟んで向き合う美愛が、抑えめのボリュームで適当発言をする。


 昼休み、来週からの期末テストに臨んで広げたノートは、二人とも進んでいない。


 7月頭の暑気の中、喋ったり踊ったり眠ったりと2年1組にテスト前の追い込み感はない。

 スマホがあればもっと自由度が増すのだろうが、当校では登校後に回収されて下校前に返却される決まりだ。


「それはなんか違う気がする…」


 2年4組の教室と、そこにいるとは限らないターゲットの姿を思い浮かべて風馬は否定した。

 そしたらズムンと気分が落ち込んだ。


 自分は純粋なゲイでもヘテロでもないし、おばけを見るしホイホイ体質だし、ショートにするとアフロ不可避の天パなせいで昔のロックバンドめいたセミボブ固定だし、どれだけ美白してもすぐ日焼けするし毎日アイプチしても一重に戻るし高校デビューがユートピアだった人だ。

 前のクラスではアリエルとかモジャンボとかU馬とか呼ばれていた。

 人外要素しかない。


 たとえ寺本が幽霊以外の全人類ウェルカムなお喋りモンスターでも、限界というものがあるだろう。


「またネガ思考してるでしょ」

「うー…だってだんだん憑いてきてるし…」


 べそっとノートに顎を乗せてネガティブモードの風馬は愚痴る。


 前回寺本に接触してから1か月が過ぎ、新たな悪霊たちは続々と入居している。

 しかも自傷行為やつきまといに熱中しすぎて事故死したメンヘラ系がやけに多い。

 風馬自身がストーキングをがんばっているせいでシンパシーを感じて引き寄せられるのだろう。


 とはいえ気にしなければまだ大したことないはずなのに、一度あの羽みたいな身軽さを味わってしまったら、雑魚数匹でも重だるい。


 そう。

 風馬の運命は狂ってしまったのだ。


 この異常体質は先祖代々から受け継がれてきた呪いだ。

 とりわけ愚かな子どもだった風馬は早死にするはずだった。

 いいとこ享年20歳だと言われてきたし、それはやっと訪れる救いでもあった。


 風馬は救いを待ってきた。

 言ってみれば高校は終活だった。

 泣いても笑ってもあと数年だ、という観念で採択してきた物事がたくさんある。

 それなのに。


 あたしの人生もう滅茶苦茶!責任とってよ!指輪よこせ!と頭の中でメンヘラたちが泣き喚く。


「とりあえずスッて触っちゃえば?意外に気づかれないよ」


 くるんと上向いている睫毛の毛並みを爪の先で整えながら美愛が言う。

 べたんとノートに片頬をつけた風馬は浮上しない。


「…でも気づかれたら?キモすぎて避けられて一生触れなくなったら…?」

「避けるよりなんか言ってきそうじゃない?T本さんの感じ」

「言われても返し困る…」

「じゃあやっぱりプランBしかないね」


 美愛が平然と提唱するプランBとは、怪談話は置いといて普通に寺本と友達になって自然にスキンシップをとって風馬を定期浄化するという、平和でハッピーな超難題だ。


 色んな人を観察するに、スキンシップの頻度や限度や好き嫌いにはかなり個人差がある。

 寺本の場合、風馬と接触した三件は偶発的でやむを得ないやつだったから、心ない態度はしなかった。

 が、この前どこかのクラスの犬系イケメンに肩を組まれてめっちゃ振り払っていた。


 おそらく彼はスキンシップが好きじゃないのだろう。

 じゃれつき特権を持っている犬系イケメンにさえあの対応だ。

 人外は全力でグーパンされるか先生を呼ばれるかもしれない。


 いや、そもそも。


 スキンシップを図る以前に、風馬は寺本に話しかける糸口からして掴めない。

 怪談話をしないなら、どんなグリーティングカードを持って友達になればいいのだろうか。


 美愛は気がつけば友達だった。彼女に出会えたことは思えば最初の奇跡だ。


 去年のクラスで美愛は風馬の前の席にいて、初めて声を交わしたクラスメイトになった。

 しょっちゅう後ろを向いて些細なことを喋り、半端に一般常識が欠落している山里出身に驚いたり笑ったりして、美愛の趣味に風馬も興味があるのを知ってからはコスメやヘアケアの話題がメインになった。


 美愛は風馬の性表現がブレながらシフトしていく間もまったく接し方を変えなかったし、何事も自発的に打ち明けられるまでは突っ込まなかったし、どんなにバカげた告解でも突き放さなかった。


 怪談話を打ち明けたのは去年の後夜祭の帰り道だ。


 混乱気味の風馬に寄り添い歩く美愛にはそれまで、怪談話に繋がってしまう自分のプロフィールを嘘で塗り固めてきた。

 それを撤回することは、同性のふりをしていたことよりも遥かに高い確率で、自分の側から美愛が離れていく原因になるだろうと思っていた。


 でもこの時、風馬は初めて憑き物が落ちたメンタルだった。

 本当の自分を友達に受け入れてほしいというエゴもあったが、何より嘘をつきたくなくなった。


 予測もつかなかった美愛の感想は「そっかー納得」だった。


 もう何か月も前から、たまに風馬の気持ちが高ぶった時、机の上の水筒が倒れたりポーチが落ちたり、肌がピリッと裂けたような気がしたり、異臭が吹きつけたような気がしたりするをのを不思議に思っていたそうだ。

 あと、風馬とべったり過ごした日の夜は決まって鬼に殺される夢を見るなと思ってもいたらしい。


 友達をやめた方がよくないかと風馬は尋ねた。

 面白いからまだやめないと美愛は笑った。







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