22. 超自然的な強さで並べたらゴリラ<ゴキブリ<ゴーストだから
早稲田から大久保へと繋がる大きな緑地公園を抜けると、あと15分ほど歩けば目的地に着くらしいが、直行しないことになった。
予定変更の原因は明快だ。風馬が体感していたより長時間トイレにこもったりしていたせいで、このあとバイトな綾瀬のスケジュールが押したのである。
とはいえ綾瀬は泰然自若の風情だった。
元々、事故物件ツアー御一行を自宅に案内したら、適当に放置してバイトへ行く段取りだったらしい。
かくして綾瀬は自宅に寄らず出勤することになり、置き勉がずっしり詰まっていそうなバックパックと鍵をトムに預けると、快適な我が家の旅をお楽しみくださいというような語感で「じゃ」と呟いて立ち去った。
憑き物が幾らか剥がれたからなのか、あるいは前からそうなのか、よく観察すれば案外とても情が豊かそうな人だ。表情筋は相変わらず眠っているが。
「…あ、ごはんどうするんだろう」
ひょろ長い背中が新宿の雑踏に紛れてしまってから、ふと零れた風馬の疑問をトムが拾った。
「いつも途中でテキトーに済ませてるってさ。ロク食べるのめちゃくちゃ早いんだよ。心配ないない」
おおらかな口調、さわやかな笑顔、どこか年上の恋人みたいな包容力と説得力。
このトムという人、さっきの風馬のメンブレ逃走劇を見ていたら、見なかったことにして先に帰るくらい引いてもおかしくないはずだが、そんな心情はおくびにも出さない。綾瀬とは違う種類の鉄仮面なのか、心の広さが太平洋なのか、あまり何も考えていないのか。風馬的には不思議なタイプだ。
ともかく、急ぐ必要がなくなってしまった事故物件ツアーズは、先にランチタイムを設けたのだった。
ゆっくり食べられて安い所という希望条件を掲げ、韓国料理店がありすぎる一帯を散策する寺本の後をついて歩きながら、風馬は宿坊の住職にLINEした。今朝の時点で昼以降の動向が予測不可能だったので、昼食の要否を明言しなかったのだ。
尚、夏休み中は通常毎日昼食を用意してもらえるし、宿坊の昼食時はもう始まっているため、これは手遅れを謝るLINEである。
現在12時ちょっと前。
暑いからもうどこでもいいというトムの一押しにより、どことなくハワイアンな韓国料理店に入った。
今日から夏休みの学校が多いためだろう。店内には制服姿の中高生がたくさんいる。季節限定のカラフルなジュースやデザートと一緒に自撮りしている人たちもいて、風馬のテンションは静かに上がる。
ひとまずフードメニューを注文してから、寺本とトムが観たホラー映画の感想を聞いたりした。
ちなみに鑑賞会は六人のメンバーで行われ、トム宅のVODから一人一本ずつ配信作を選んだが、三本目でやたらとエロ要素が濃い作品に当たり、生ぬるい空気になり、映画そっちのけで猥談に逸れ、通称ワンナイしたくなるパーティーゲームに逸れ、そこへトムの妹――エマ・ワトソンばりの才色兼備――が帰宅するなどのハプニングも重なり鑑賞会は中止、結果として二本しかまともに視聴できなかったらしい。
それでも諦めなかった寺本は翌日以降様々なホラージャンルに挑み、グロ痛は嫌いだという自認を新たにしたそうだ。
「だし普通につまんなくて一本見きれないやつ結構ある。だから最近動画ばっか。語り系じゃなく心霊動画とか。映画と違ってフェイクの確証ないから、きったない人形が数ミリ動くだけでもまあまあ怖い」
「ビビったテラートの叫び声がオレはこわい。部屋でコウモリ飼いだしたのかって母さんに聞かれたよ」
「待ってトムのお母さんガチこえーよね?綺麗なおうちで専業主婦ってだけでも不穏感あんのに、外見美人で中身修羅みてぇな気配マジホラー。俺そのうち刺されてディナーにされる」
「安心しろ。母さんヴィーガンだからテラートは食わない。嫌いなご近所さんちのBBQに持ってくだろ」
「サステナブルwww」
ハハハヒャヒャヒャと二人は笑うが、風馬はツボがわからず首を傾げた。
「昂輝さんいつもトムさんちで動画見てるの?」
「いや草。ごめん住み着いてるかのような話し方したけど、トムんち行くのは休日で映画見る時くらい。学校帰りちょっと寄れる距離じゃないんだよね」
と回答した寺本にトムが補足する。
「テラートが怖い動画見たくなった時、一人で見れないから通話でシェアしてくるんだよ」
「違います。面白そうだから分けてあげてるんです」
なるほど。ビデオ通話で一緒に動画を見ている間、トムはスマホをスピーカーモードにしているため、寺本のコウモリを彷彿させる叫び声が部屋の中に迸り、外の家族にまで聴こえているのだ。
という情景を風馬が想像する間に二人は喋っている。
「オレは映画の方が好きだなー」
「知ってるもん…動画流れてる時『ほー』『へー』って寝言みてぇな相槌ばっかり…どうせ半分見ないで筋トレとかしてんでしょ」
「全然見ないでトイレとか行ってたパターンもあるよな」
「wwマジそれな俺に謝れ。呼んでも返事ねぇから動画の呪いでバグったと思ってスマホ投げたこと二回ある」
「テラートはビビリすぎだよ」
「逆になんでビビんねぇんだよ。心臓がヴィブラニウム製ですか?」
「オレおばけに襲われたことないしさ。呪われたこともないし。テラートだってないだろ?」
「ないよ?」
「じゃあなんでビビるんだ?」
「それ真剣に考えたんだけど多分ゴキブリと同系列なんだって。何されたわけでもないけど本能的に怖いじゃん?」
「そお?」
「うそでしょきみ…ゴリラ…?」
「まあゴキブリ気持ち悪いけどさ、怖くはないだろ。オレの方が強いんだし」
「物理ではね?超自然的な強さで並べたらゴリラ<ゴキブリ<ゴーストだから」
「なんでゴキブリがゴリラより強いんだよ」
二人は水冷麺やビビンバを食べきるまで、風馬から見てイチャイチャと言い合いを続けた。
寝落ち通話しがちなカップルとランチしている妄想に囚われた風馬は、二人から話を振られるたびズレた返事をしていたようで、上の空であることがバレ、心の隅でデザートを食べたがっていることもバレ、トムも食べると言うから注文することにした。
そうしてパッピンスとスバクファチェが届き、風馬は晴れてカラフルになったテーブルを写真に収めた。
寺本は給料日前につき所持金がギリギリらしく、風馬とトムがデザートを嗜む間に、事故物件ツアーのブリーフィングを始めた。リュックから配布物の裏紙とペンケースを取り出し、棒人間を三体描きつつ説明を加えていく。
物件探索時のフォーメーションは、前衛がトム、中衛が寺本、後衛が風馬。トムはもしも幽霊が襲ってきたら犠牲になる係で、寺本は心霊現象の証拠をなるべく録画する係で、風馬は幽霊の位置や様子を見て知らせる係だ。
その他、各自の注意点などを寺本はぺらぺらと述べていた。
しかし風馬はやはり上の空だった。簡略なイラストや走り書きや、紙の上を駆け回るペン先や、手元をあまり見ないで喋る目や顔ばかりが白昼夢のように頭を巡る。
このぼんやり具合は、綾瀬からもらった憑依霊たちの影響かもしれない。
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