17. 「うーケータイほしい」「それなー」
今朝、金曜日。
窓の外は梅雨が一足早く去ったような晴天だった。
アラームを止めて布団から起き出し、アイプチとヘアセットに命がけの支度をして、宿坊から飯田橋駅へと散歩気分で20分歩き、東西線のホームに着いてスマホの通知チェックに入った。
除霊活動用のアカウントたちは少しずつ閲覧数が伸びている。
地道に身近な心霊情報を発信したり、心霊体験をした人の投稿に反応したりしている成果のようだ。
風馬はコツコツやる系のルーティンワークが苦手だが、人と繋がる感覚が伴う作業は楽しい。
ただしホイホイ体質はオンラインでも有効につき、のめり込んだら際限なく憑かれてしまうが。
…でも。
風馬はふと閃いた。なんかこう、全開にしたホイホイ周波を通信回線に載せて基地局風に放散すれば、霊障に困っているネットユーザーを引き寄せやすくなるのではないか。
……いや。
風馬は一瞬ものすごくワクッとしたが、思い留まった。
愚かな子どもの発想だ。
大火傷する前に忘れよう。
思考をリセットしたところで学校に着き、教室で会った美愛と今日分のテスト返しの結果予想を話していたらチャイムが鳴り、一日が始まった。
時は流れて昼休み。
食堂を目指して歩きながら、美愛が何気なく「今日はTさんいるかな」と振ったのをきっかけに、昨日寺本にLINEしたことを話した風馬は、ハッとした。
そういえば昨夜、彼のインスタを普通にフォローしろと言われたのに、忘れていた。
どう…する?
風馬は美愛との会話を続ける合間に逡巡した。
正直、除霊募集以外の用事もLINEで話せるとわかった今、インスタを交換したい気持ちは薄い。
学校用であろう寺本垢は稀に寝坊をドヤる程度の稼働率だし、風馬垢は友達の少なさが感じ取れるだけの学校用だ。
スラックスに縛られている生活はエモくないから投稿も少なく、たまに美愛とふざけて送り合う病みかわ自撮りをうっかり晒しているし、サブ垢にあげるつもりの鬱ポエム夢ポエムをうっかり晒しているし、何かと使い分けるほど誤爆の危険度が上がる。
でも、フォローしていいと言われたのにしなかったら、一生躊躇していると勘違いされそうだ。
それに、あと2週間で夏休みに入る。
LINEで聞くほどでもない近況が気になった時は、結局インスタを見てみたくなるだろう。
それなら今のうちにフォローしてしまえばいい。
すると決めたら今すぐしたい。
だが手元にスマホがない。
「うーケータイほしい」
「それなー」
食堂の混雑をかいくぐってテーブルに着き、箸を手に取りながら呻いた風馬に、サンドイッチのラップを剥がしつつ美愛が続ける。
愚痴り飽きたテーマだが切実な希求だ。
「ほんと裏切られた。風馬ほどじゃないってゆっても、私もこの学校校則ないくらいゆるいと思ってた」
折に触れてそう言う美愛は、葛西から早稲田まで通学している。東西線で一本、通勤快速に乗れば片道30分ちょっとらしいが、距離は遠い。
中学時代の美愛には同学年の友達がほぼいなかったそうで、進学先を地元に絞る意味はないし、ひとり親で夜勤が多い父の事情も加味したら、学食のある公立高は好都合だった。
また、兄とその親友が当校の卒業生で、彼らから在校中のゆるゆるエピソードを聞いた美愛は少し楽しみにしていたのだが、いざ入学してみたらなんか違ったそうだ。
「校舎そこまで汚くなかったのはいいよ。でもケータイはほんと盲点てゆうか罠」
「わたし最近色んなSNS見てるけど、学校で撮ったのあげてる人多くて驚く。もしかしてここが珍しいのかなぁ」
「バ先の子が言ってた。うちケータイ禁止だけどロッカー入れとけばOKで、休み時間は普通に使えるし、友達行ってる自称進学校もっとゆるいって」
「いいなー。ここ逆に厳しいのなんでだろう」
親子丼をつつきながら首を捻る風馬の斜め上から「自由すぎたせいらしいよ?」と、聞き覚えのある声が降ってきた。
はっと振り仰ぐ風馬と、1年生ぽい女子に挟まれた空席にランチトレーを降らせた寺本は、ガガッとイスを曳きながら間を置かず喋り出した。
「俺らが入る2年前までは授業中も使いまくれるレベルだったらしいんだけど。パパ活や闇バイトが趣味みたいな世代が爆誕して警察事案が急増したから、もうスマホ持つなゴミ共がってなって回収ルールできたらしいよ。て先生から聞いた」
「へぇえ、ていうか」という風馬の声と「そっかー納得」という美愛の声が被り、顔を見合わせた風馬は美愛に先を譲った。
「私のソース4個上のお兄ちゃんだから。情報古すぎたね」
「4年前は多分まだ紀元前てか兄いんの?ここ母校?兄も?」
「うんそう」
「家近いんだ?」
「ううん葛西」
「wwww楽園信者wwww」
「信じて遠くから来たのに裏切られた私かわいそう」
「ガチ千葉から来ちゃった民もいるから。八王子から来てる民もいるし。直線距離でいえばそいつが一番かわいそうかも?」
「鎌倉から来た風馬がトップじゃない?」
「えっうそ」
「え。でもおれ、そんな遠くないよ。鎌倉から通うのきつそうで、文京区に住み替えて」
「は?ちょま、この高校入るために引っ越したってこと?うそでしょ?かわいそうwwwwwww」
口からヤンニョムチキンを噴飯しそうな勢いで寺本は爆笑した上に噎せ込み、グラスの中の水を半分くらい飲んだ。
彼の気管が鎮まるのを待ってから風馬は訂正した。
「引っ越したっていうか下宿だから、そんなに大事故じゃないよ」
「ふっwwwやめてメシ食えねぇwww」
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