19. もしかして、触りたいから誘ってると思われてる……?




 寺本は変顔を風馬に向けて尋ねた。


「俺がケガしそうなシチュエーションを一切想定してないんだけど、例えばどんな場合ですか?」


 風馬はぱちくりした。


「ほとんどないと思うけど…周りの物がぶつかってきたり、近くにいる人が暴れたり…?」


「一個目はポルターガイストっていうやつで、二個目はきみっていう人じゃないんすか?」


「え」


「憑かれたらステータス異常なるんでしょ?剣道が得意なバーサーカーにもなり得ない?」


 寺本の指摘はもしかすると冗談なのかもしれないが、山里に埋めた事故の断片がフラッシュバックして、息を止めかけた風馬は「…うーん」とごまかした。


「ちょっと変になるかもしれないけど、だいたいは抑えれるよ。それよりおれが思ったのは、依頼くれた人が変になる場合」


「んぁ?きみがいればきみの方憑くんじゃねぇの?」


「そうなんだけど、霊にも色んなのがいて、強いやつだと憑かれなくても―――ていうか、」


「?」


「こういう話あんまり学校でしたくないし、共同垢の動画で対談ぽくしてみるのどうかなとか、そういう相談したいから…やっぱり昂輝さんも明日来れないかなぁ」


 明日は土曜日。

 美愛と予定している除霊依頼募集用の映像製作は昨夜寺本に参加拒否されたが、『気が向いたら行くね』とも言われたから誘い直してみた風馬の勇気は、「あー明日もう予定ある」とあえなく空振りした。


「トムんちでホラー映画鑑賞会するんだよね。昨日きみとLINEしたあと俺も考えてさぁ。動画には出演しないとしても、もうちょっと3次元ホラーに興味持たなきゃなって」


「…とむって誰?」


「へ?2組にいるじゃん。転校生。本名知らんけど白人系の」


 ああ、と風馬は頷いた。

 今年の春から見かける男子だ。

 背が高くて目が丸くてオープンな雰囲気で、去年の春からいたかのような落ち着き感で、異性にも同性にも先生にも好かれそうな。


 風馬は複雑な気分になった。


 3次元ホラーならびに共同垢の投稿に無関心な寺本が、興味を持とうと思い立ってくれたことは嬉しい。

 色んなホラー映画を観てオカルト知識が増えれば、動画に共演したくもなるかもしれない。


 ただ、せっかくオカルト資料鑑賞会をするなら、自分と美愛を誘ってほしかった。

 むしろなぜ他の人を誘うのかわからない。

 彼の心の中は一体どうなっているのだろう。


 一方、まったく意に介していない態度で美愛が「えらいねー」とコメントした。


「ついでに耐性もつけれるし、がんばっていっぱい怖いの見てね」


「ふぁい」


 ゆるい返事をして寺本は味噌汁を飲み干し、舌なめずりしながら箸と椀を置くや否や「ごちそうさまでした」と席を立つ。


「じゃ、なんかあればLINEして」


 そして左隣は空席になった。


 ランチトレーを返却カウンターへと運んでいった寺本は、途中、すれ違いざまに足を引っ掛けようとしてきた悪戯男子を避けるかと思えば逆に迫り、ぐいぐいとトレーを押し付けて通せんぼした挙句に片付けさせ、風馬の目から見てイチャイチャと肩をぶつけ合いながら食堂を去っていった。


「……昂輝さんて」


 ぽつり呟いてから、右隣に意識を戻す。


 見れば、こちらも既にサンドイッチを食べ終えている美愛は、いつも携帯しているウェットティッシュで手を拭くのも済ませ、コンパクトミラーで口周りをチェックしており、他には何も見ていなかった様子で「うん?」と応じた。


「あ、ううん」


「えー言って。なんか気になった?」


「…スキンシップ嫌いなんだと思ってたけど、相手か気分によるのかなって、今見てて」


「だいたいの人はそうじゃない?私も相手と気分で変わるよ」


「そうなの?美愛はわりと安定して好きだと思ってた」


「全然。風馬とか好きぴには安定してるだけ」


「そっかぁ」


 なんだか嬉しくなって「えへへ」と笑ったのも束の間、美愛が「ところで風馬はまだ切り分けてるの?」と小首を傾げて意表を突いた。


「え?」


「まだ“好きだから触りたい”気持ちある?」


「……わかんない……多分、現状に追いつくのが精一杯で」


 さもありなんと言うように頷きながら美愛はミラーを閉じた。


「風馬この1週間がんばってたもんね。垢いっぱい作って毎日なんかあげて期末テストもして」


 よしよしと横から頭を撫でられた風馬は、言われてみれば大変がんばった気がして「う」と頷いた。


「よく考えたら一気に詰めすぎだったかも。頭パンクしないで済んだの、先週触らせてもらえたおかげだと思う」


「先週からまだ憑いてないの?」


「ゼロじゃないけど、ちょっとだよ」


「顔色いいもんね」


「テスト中にノイズないのほんとうれしい…」


「その状態キープできたらかなり順位上がりそう」


「でもさ、だんだん難しくなってるよね。2学期からもっと授業のスピード上がって範囲増えるって先生言ってたし。わたし自習だけでついてけるかな」


「それは私に聞かれてもだけど。不安なら夏季講習利用してみれば?」


 風馬はすっかり冷めたごはんを掬いながら、うーんと濁した。


 当校の夏休みには、赤点を取った生徒用の補習授業とは別に、塾や予備校に通っていない生徒向けの夏季講習というものがある。

 夏季講習への参加は推奨されているが任意で、休んでも欠席扱いにならないため、受講する生徒は多分あまりいない。美愛も行かない派である。


 昨夏の風馬はS級憑依で常に調子はよくなかったし、高校デビューに失敗したし美愛も行かないしで受講する発想自体なかった。

 しかし今年はまた事情が違う。


「興味はあるんだけどなぁ……ぼっちさみしい」


「Tさん誘ってみたら?生存確認ですって呼び出してついでに触る」


「ハードル高いよー。明日のも二回誘って駄目だったもん。だるって思われてるよ、ていうか」


 ハッと風馬は血相を変えた。


「もしかして、触りたいから誘ってると思われてる……?」


 ワンチャン触りたくてクソだるい要求を上乗せしてくるナンパゲスに休日を捧げるなんてまっぴらだから、彼は気兼ねなく抱き着ける他の人とホラー映画鑑賞会をすることにしたのだろうか。

 そんな。悲しすぎる。


 急激にずぅんと落ちた風馬を、美愛が頬杖をついて見やった。


「また面白いこと考えてない?」


「…うん。妄想だと思う」


 この性格めんどくせぇなと風馬はいっそ微笑んだ。













--------


ここまでお読み下さり、本当にありがとうございますm(_ _)m

頂いたレビュー、コメント、☆や♡にも、心から感謝申し上げます。

いったんストックが尽きてしまったので、次回更新まで少し間が空いてしまいます。

それまでこの物語を忘れずにいていただけたら、とてもありがたいです。


ところで、この物語のBGM集というかプレイリストを作っていました。

歌詞の一部とか曲調とがなんとなくイメージに合うというだけのものですが…

気が向いたら覗いていただけると嬉しいです。


Spotifyのリスト↓

https://open.spotify.com/playlist/6Kgov5stVtwntuVt7xOm2C?si=aM7bhampSEiPwgWSHgElnQ


YouTubeのリスト(音源がちょっと怪しいですが、曲目は同上です)↓

https://youtube.com/playlist?list=PLOnPnSRs0mMZERxL26dc_5aHzMtea_INh&si=7D09cDNjE0xioFxR

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