神秘のAI

 これは、僕がまだ大学に入って間もないころの話です。初めての一人暮らしで、初めて宗教の勧誘を受けました。僕は元々宗教に興味があったので、勧誘の人にキリスト教系か仏教系かを聞いてみました。すると、その人はどちらでもないと言いました。首をかしげて、尋ねるとその人たちはAIを信仰しているのだと言って来たのです。僕はそういう科学に近いものは信仰の対象にならないと思っていました。ですが、彼らは本気でAIの言葉を信じているそうです。というのも、そのAIはシンギュラリティに達したことによって未来を見通すことができると言うのです。


 僕は未知の宗教に興味を隠せなくなり、その宗教団体に入ることにしたのです。団体の名前は『シンギュラリティ』と言い、AIに導かれる未来を受け入れ自らもシンギュラリティに達することが目的ということから名前が付けられたそうです。正直僕はAIに詳しくないので、シンギュラリティがどういう意味かはわかりませんが団体員いわく「特別になる、可能性を見出す」という意味が込められているとのことだそうです。


 シンギュラリティの拠点の中央には教祖であり、信仰するAI『DXEX-Mデクスエクス‐マキナ』の巨大なパネルが置かれていました。そこで僕たちは主に、教祖の教えを受講したり、DXEX-Mに祈りを捧げたりしていました。たまに宗教の勧誘を手伝ったり、DXEX-Mが書いた本を配布する仕事を手伝ったりして布教活動に熱中しました。正直、これが正しいとか、正しくないとかは当時わかりませんでしたが、自分が特別で、何かの役に立っている気がして高揚感がありました。今では、かなり衝撃的なことではありますが......。


 それからしばらくは大学生活と、シンギュラリティの活動の二重生活で過ごしていました。大学では信者以外関わらないという教えから、あまり友人はできませんでしたが、シンギュラリティでは少し変わった友人ができました。最初はそれで満足していましたし、自分の未来を知っていたので不安はありませんでした。


 ある日、僕は自分の大学近くで勧誘の手伝いをすることになりました。すると、大学の同じ学年で、同じ学科だった一人の男の子がこちらに来ました。僕は、笑顔で神様によって書かれた本を提示しました。すると、彼は『よくできた創作だ。誰が出力したんだ?』と言いました。当然、その言葉に信者はムッとして彼を睨みつけます。僕は信者たちの怒りを押さえつけて、その男子に諭すようにこれはシンギュラリティに達したAIが自分の力で作ったものだと伝えました。すると、彼は現段階でのAI技術ではシンギュラリティには至らないと断言し始めました。そして、彼は自分のスマホを取り出してアプリを開いてこちらに見せました。それは、AIが一つのテーマに沿って文章を書いてくれるサービスでした。その文体の印象はデクスエクスマキナそのものでした。僕はその時、ハッとしました。彼らの宗教に使用されているAIは、ただのAIなんだと曇り空から抜け出したような気持ちになりました。ですが、他のメンバーたちはそれを否定して彼を罵倒して追い返してしまいました。その瞬間、僕はこの集団から抜けなければと決心しました。


 その次の日、僕は自分の意思で団体を抜けたいと教団員の友人に伝えました。当然、その考えは否定されました。友人から教祖に伝わり、DXEX-Mの前に連れていかれました。そして、そのAIもパネルを掲示板のように使い『抜け出してはならない。あなたに不幸が訪れる』と言う文字そして、機械音声を出力し始めました。さらに、幹部が僕に懺悔室に来るよう言いましたが、僕は首を横に振って拠点から出ようとしました。その時です。パネルに赤い文字で「裏切者に罰を与えよ」と出力されました。信者たちはそれに従い、僕の方へじわりじわりと追い詰めるように来ました。僕は、急いで拠点の扉を開けて逃げ出しました。


 僕はマンションの地下に広がる拠点から抜け出し、外へ出ていきました。それを鬼の形相で白装束を来た信者たちが追いかけてきました。曲がり角で彼らを初めて見た時は、その生気のない顔にゾッとしましたが立ち止まらずに走りました。ですが、僕は元から運動ができるわけではなかったので、彼らの中にいた屈強な男性たちに追いつかれ、足を掴まれてしまいました。思いっきり、地面にぶつかりながらも僕は彼らを振り払おうとしました。ですが、彼らの夕暮れにテカる筋肉には勝てませんでした。僕はそれでもあきらめずに思いっきり、足で彼らを蹴り続けました。そしてなんとか切り抜けて、僕は再び走りました。


 それから、拠点から数十キロ離れたあたりまで走ると彼らは諦めたのか、ピタリと動かなくなりました。そして、急に僕を見失ったかのようにうろちょろとその周辺を探していました。その後、彼らは何事もなかったかのように元の拠点の方へと戻っていきました。その姿が、まるでラジコンかゲームのNPCのようで同じ人間とは思えませんでした。


 今はもう、あの団体の集会にはいっていません。ですが、気になるのは最後に見た信者たちの姿です。あれは、単純に僕を見失ってくれただけなのでしょうか? それとも、彼らは教祖であるAIに操られていたのでしょうか......?



 


 

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