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 俺には大好きなアイドルグループがいる。名前は『ハニーカム』5人組と少ないものの、作詞や作曲ができたり、ギターができたりと、一人一人が才能にあふれている。そんな彼女たちの楽曲の中には、ちょっと都市伝説のようなものがある。それは、グループのアルバムに入っているある曲の途中で、アイドル達とは似ても似つかない声が入っているというものだった。俺もそのアルバムを持っている。アルバム名は『えがお』で、その中にある楽曲『勘違いの恋』の1分11秒あたりに、その声は録音されている。


 当然、ライブ演奏やシングルで発売された当初はそんな声は入っていなかった。そのアルバムでのみ聞ける音声なのだ。さらに言うと、その声を何度も聞くと死んでしまうという縁起の悪いことまで囁かれている。だが、俺はこのアルバムを擦り切れるほど聞いている。でも、こうやって生きているということは『何度も聞くと死ぬ』というのはデマになる。


 デマにはなるけど、あの曲のせいで俺は不思議な体験をした。それは、この間友達に誘われてキャンプに行ったときだった。あの日は、俺が車を出して友達が食材やキャンプ道具を用意して向かった。当然、車内ではハニーカムの曲が流れている。友達はあまりハニーカムのことはよく知らないが、曲を聞く度に頭を振ってノッてくれている。 キャンプ場に併設されている駐車場に停めようとしたとき、例の楽曲が流れ始めた。そして、1分11秒のところで笑い声が聞こえる。友達は、音楽性のない急な笑い声に眉を寄せる。友人がこちらを向いたので、俺もわからないと言う風に首を横に振った。


 気味悪がりながらも、友人は車が停まるなりキャンプの準備を始めた。俺も彼に合わせてテントを張った。久しぶりのキャンプに、俺は鼻歌を歌っていると友人が急に笑い出した。特に面白いことが起きていないのにだ......。俺はどうしたんだと聞いた。だが、彼は笑う一方で手が止まっていた。思いきり彼をゆすると、突然我に返りとぼけだす。ただ、一言


『不完全だ』


と、意味不明なことを言い出した。テントの張り方が悪いのかと聞くと、彼は首を横に振る。夕食を彼の好きなカレーにしなかったからかと聞くも首を横に振る。彼は頭を抱えながら、よくわからないと溢したあと、夕食の準備を始めていた。


 変だなと思いつつも、彼のことは一旦気にせずに二人分のテントと寝袋を作った。同時に、食事の用意ができた。と言っても、バーベキューなので具材を切ったにすぎないものだった。俺達は、何事もないようにバーベキューを楽しんだ。すでに空には星が見えていた。俺は肉を食いながら、空を見上げるとまた友人が笑い始めた。今度は、涙をこぼしながら大声で笑い始めた。さらに、さっきの曲調に合わせながら笑った。俺は、彼をまたゆするも彼の暴走は止まらない。


不完全で、不確かな恋。

一方的で、不釣り合い。

せめて、夢の中では一緒にいさせて。


友人は、あの曲のサビ部分を口ずさみ始めた。その顔は、なにかにうっとりとしている様子で、こちらをまるで気にしていないようだった。俺は正気に戻すため、彼を一度殴った。だが、彼は人間とは思えない動きで立ち上がる。そして、彼は知らない名前を連呼しだす。


「和泉麗華、和泉麗華和泉麗華和泉麗華和泉麗華和泉麗華......」


そう言うと、彼は何かを吐き出した。それは、髪の毛のような黒いなにかだった。その髪の毛は、するすると蛇のように地を這い、俺へ憑りつこうとしていた。俺はまずいと思い、走り出した。走れども走れども、その髪の毛は追いかけてくる。正気を失くしそうになった俺は、近くにあったペンションに取り付けてあった消火器を引っ張り出してきて、それを髪の毛向けて噴射した。すると、髪の毛は活動を停止した。


 一体何なんだ、と思いつつその消火器で髪の毛に触るも、もう反応しなかった。

俺は、ペンションのオーナーに詫びを入れた後、友達の元に戻った。そうすると友達は自分たちのキャンプ地から少し離れた湖にいた。彼は湖面を虚ろな表情で見つめていた。


 あれは一体何だったんだと、友達に問いただすもなにも覚えておらず、あの曲を聞いてから記憶も飛び飛びだという。ただ、覚えているのは恋慕と怨嗟のようなものだと言っていた。よくわからないが、俺への眼差しは友達を見るような目ではなかったのは確かだった。だが、彼の眼差しはすぐに落胆に変わった。その落胆の意味するところはわからなかった。彼は、疲れたから帰りたいと言ったので、俺達は帰ることにした。



 その日は、不思議なこともあるもんだと思った程度だった。だが、のちのち調べてわかったのだが、友達が連呼していた名前は俺の推しであるハニーカムの元メンバーだったらしい。しかも、メジャーデビューする前にいなくなったようだ。本当の原因はわからないが、メンバー内での恋愛トラブルではないかとネットの記事に書かれいた。そんなことも知らずに、推していた自分を恥じた。


 にしても、まだわからないことがある。あの髪の毛は一体なんだったのか。そして、友達のあの眼差しがなんだったのかさえわからないままということだ......。

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