夢に出てきた

 最近、夢をよく見る。その中で、知らない女性が出てくることがある。小中高や、大学の同級生でもないし、会社の同僚でもない。本当に知らない。でも、いつもその夢を見ると彼女は俺に微笑みかけてくる。俺は次第に、夢の中の彼女に恋をするようになった。だから、俺は夢に出てくる彼女を探すことにした。だって、夢に出るくらいなら現実にだっていると思ったからだ。


 友人も会社の同僚にも、彼女の話をして情報を集めてみた。彼女の容姿は、黒髪のポニーテールでメガネをかけていたと伝えた。その他の身体的特徴は俺より小柄だったことくらいだった。だが、友人も会社の同僚も適当で受け答えしていて途中で頼るのをやめた。ここは自分で探すしかないと、休日に人通りの多い駅や広い公園へ向かってたくさんの人を観察していった。だが、彼女は中々見つからなかった。それでも、俺の夢の中だけに彼女はいつも現れた。彼女の輝く笑顔に癒されつつも、どこかで、彼女とは現実では出会うことはできないのかと思った。だが、よく周りを見ると、そこは以前に捜索した公園だった。これはなにかあると思い、休日にその公園に向かってみた。隅々までその公園を見に行くと、彼女に出会った。


 彼女は、夢に出てきた通りの黒髪のポニーテールを振りながら、汗を流してジョギングをしていた。俺は、怪しまれないようになんとなく声をかけてみた。俺は振り絞ったような声で、道案内を頼んだ。すると、彼女は夢に見たとおりの笑顔を振りまいて丁寧に教えてくれた。俺は思わず、彼女の手を取ってお礼を言った。彼女は少し困った表情をしていたが、笑顔は崩さなかった。俺はその日、彼女との会話はそれきりにした。さすがに話しすぎるのもよくないと思ったからだ。



 その日から、俺は夢と現実の両方で彼女に出会うことが多くなった。その中で、夢で逢った場所と同じ場所で会えることが分かった。偶然の一致が重なりすぎて気持ち悪かったが、俺は可愛い彼女に会えるだけで嬉しかったし、感覚がマヒしていた。俺は何度か会話をして仲良くなった彼女に、夢の話をした。そして、自分の想いを伝えた。すると、彼女は快く受け入れてくれた。晴れて俺達は、お付き合いすることになった。俺らが出会って1週間ほどのことだった。


 だがその日以来、俺の夢は不思議な夢へと変わった。夢の中の彼女に、睨まれるだけの夢だ。嫉妬や憎悪、軽蔑のような目だった。うなされるも、起きた時には現実の彼女に何度も慰められて、そのたびに幸せを実感していった。だが、不思議な夢は終わらずにうなされるだけの悪夢へと変わっていく。いつしか、彼女は夢の中で俺に危害を加えていくようになっていく。その時は、首を絞められているような感覚に襲われる。あまりにも呼吸が乱れて起きた瞬間、なにかに頭を打った。跳ね返って、枕に頭を打った後もう一度ゆっくり起き上がると同じように頭を押さえる彼女がいたんだ。


 その時はまだ夢の続きを見ていたんじゃないかと思っていたけど、そうじゃなかった。布団の感触も、自分の顔を振れた瞬間の生暖かさも本物だった。俺は血の気が引いたものの、彼女にどうしてとぽつりと聞いた。


 すると、彼女はなにも覚えていないのかと、突然雰囲気を変えた。俺は首を振ると、彼女はまた俺に掴みかかる。彼女は何度も覚えていないのかと叫び倒した。俺はなんのことかさっぱりわからずに自宅を出た。殺されると思って、走った。だが、彼女は俺を追いかけてきた。しかも、キッチンに置いていた包丁を持って......。


 彼女とはあの時、あの場所で初めて出会ったのになんの恨みがあるのかと思いながら、俺はひたすらに走った。だが、彼女はいつも運動を欠かさずしていたからか、体力も脚力も彼女に分があった。彼女の速さといい、形相といい、それは獲物を決めたチーターのようで、今にも追いつかれそうになった。


 足がもつれた瞬間、俺の腹に温かい感覚が走る。下を見ると、ナイフが刺さっていて血がTシャツに滲み出す。そのまま、彼女にのしかかられて地面に叩きつけられた。奇しくも、そこは彼女と初めて出会った公園だった。俺は彼女に、自分が何をしたのか教えてほしいと聞いた。そこまで恨まれる理由が知りたいと言った。すると彼女はこう言った。



『夢に出てきたから』と......。


 遠のく意識の中、俺は怒りを覚えた。夢に出てきただけで、人を殺すのかと思った。だが、その時の彼女の冷酷な声がすべてを物語っていた。彼女の方を見たかったが、見ようとするも恐怖で首が動かず意識を失った。



 次に目を覚ましたのは、今いる病院のベッドの上だった。数日昏睡していたそうだが、公園でたおれたところを誰かが運んでくれていたという。その人いわく、公園には彼女の姿はなかったらしい。彼女は今も捕まっておらず、逃げているらしい。彼女が俺の元を離れて以来、もうあの夢は見ることができていない。

出来れば、夢の中だけでも彼女にもう一度会いたい。彼女の顔が見たい。

彼女と話がしたい。そして、悪夢になるまで彼女を殺したい......。


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