なにかがうまれる
私の罪を告白します。私は、自分で生んだ子を殺しました。ですが信じて欲しいことが一つだけあります。その子は、この世のものではない何かだったのです。
妊娠していたことが分かったのは、今から3か月くらい前です。お腹のハリと、生理がしばらく来ていない気がしたので、産婦人科に行って発覚しました。ですが、それ以前に私に自分の身体をゆだねられる男性はいません。独身です。男を家にいれたこともなければ、身売りにで出たこともありません。つまり、性行為など一切していないのに妊娠していたのです。その経緯を医師に話すも、首をかしげる一方で私は不安でしかありませんでした。
それからまた3か月くらい経つと、誰もがわかるほどにはお腹が大きくなり始めました。時々、お腹の中で蠢いているのがわかり、つわり以上に気持ちが悪く具合が悪くなっていきました。もう一度、病院に行きましたが、やはり中になにがいるのかわからないとのことです。想像妊娠も考えましたが、人間に近いなにかの影があるのでそれはあり得ないとのことです。愛し合ったうえでの授かりものでないなら、中絶も考えるかと医師に聞かれましたが、私はいつしか生みたいという衝動に駆られました。
それから数週間したある日、私はいつの間にかトンネルの前にいました。おそらく、寝ている間に勝手に私が来たんだと思います。首をかしげながらトンネルを調べると、そこには『岸門寺トンネル』と書かれていました。その文字を見た瞬間、私はなにか既視感のようなものを感じました。ここへ一度、足を踏み入れた気がするのです。ですが、まったく覚えていませんでした。その日は、なにも思い出せずにタクシーで家まで帰りました。私は、なにか気の迷いで来てしまったのだろうと、その時は気にも留めませんでした。
ですがトンネルまでの夢遊病は、その日で終わりませんでした。1週間おきだったのが、数日単位になって気持ち悪さは増すばかりでした。ひたすらに病院へ行こうとするも、それを拒むように自分の身体はこのトンネルに向かってしまうのです。あまりにもひどくなり、私はこのトンネルにすべての原因があるのではないかと考えました。この時はすでに妊娠9か月くらいのときでした。大きなお腹を支えながら、わたしはそのトンネルの中へ向かいました。車の通りもほとんどない、小さなトンネルでした。
誘われるように、私はトンネルの中に入りました。そこはかなりジメジメとしていて、昼なのに日光も入らず暗かったです。ゆっくりと進むと、トンネルの中に、小さな社のようなものがありました。そこには、小さな地蔵のようなものが祀られていました。それを見た途端、私はこの場所の既視感の正体に気付いたのです。妊娠する前に、私はここに訪れていたのです。たまたまバイクで一人旅をしていたときに通った道なのです。確かに、ここに同じような地蔵があったのを思い出しました。私は、それを交通祈願に手を合わせていたのです。そのことを思い出した瞬間、急に陣痛が始まりました。誰もいないこの場所で、私は倒れてしまったのです。
倒れて、痛みをこらえていると突然トンネルが明るくなったのです。日の光とも、車のライトとも違う、未知の光でした。その光が大きく膨らんだ腹に差し込むと、陣痛が和らいだのです。さらに、不思議と安らぎと平静が自分を満たしていました。下を見つめると、なにかが這い出てくるのが見えました。肌は爛れていて、目や耳のようなものはありましたが、腕が4本生えていました。足は片方だけ曲がらない方向に曲がっていて、正常な方でゆっくりと這い出てきました。生まれて間もないというのに、それはハイハイができるくらいに成長していたのです。
私は、それに深く恐怖しました。目は私たちと同じように二つあるのですが、どこを見ているのかわからない真っ黒な瞳と、アーモンドのようなつり目に我が子ながら気味が悪かったです。その誕生を待っていたかのように、祠から私よりも数倍大きい何かが現れました。それは、鬼のような牙を持ちながら母親のような優しい目つきをした何かでした。それは、私が生んだ子を抱いた後、私を指さしました。すると、赤子は私の方へ向かってきました。
赤子が這いよってくる。ただ微笑ましい光景なはずなのに、その顔はなにか獲物を狙うかのようでした。ですが、やはり自分が腹を痛めて生んだ子です。愛着もあって、それを受け入れようと、抱きしめようと待ちました。ですが、それが運の尽きだったようで、それは私の足をためらいもなく食いちぎったのです。私は、その瞬間叫びました。そして、私は片足から血を流しながら逃げました。赤子と同じように、ハイハイのような形で逃げました。トンネルの向こう側へ行けば、助かると思って。ですが、トンネルの出口に差し掛かる直前に赤子にもう片方の足を掴まれてしまいました。その瞬間は、もう死んだかと思いました。赤子は私を自分の口元に引っ張っていきました。ですが私はその時、意を決してトンネル内に落ちていた空き瓶を拾って底を割った後、割れ目で尖った方を赤ん坊に突き刺しました。胸が張り裂けそうでしたが、自分が生き残るための選択だったのです。
赤ん坊は、血まみれにはなりませんでしたが、鬼のような牙を持った女性と共に消え去っていきました。私はすぐにスマホを取り出して救急車を呼びました。
救急車に搬送されて数か月、ようやく回復が見込まれてきました。もう、右足は戻ってきませんし、あれ以来子供が生めない体になっていました。原因も不明だそうです。私は、おそらくあのトンネルの中にあった祠の像に呪われたのかもしれません。
あそこには『鬼子母神』と書かれてあったので......。
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