404号室

 引っ越しは、人生一大イベントだと思っている。だがそれ以上に、俺は家を選ぶことがどれほど大切かが分かっていなかった。これは、上京したてだったころの話だ。漫画家への第一歩として刺激を得るために上京したのはいいものの、金もなかったのでかなり安いマンションの一室を借りることにした。マンション、4階の404号室だった。意味深な番号と、資料でもらっていた立地にしては安値に設定された値段もあって、事故物件ではないかと思っていた。でも、俺はそこしか選択肢がなかった。


 引っ越し業者にある程度のものを運んでもらい、荷下ろしを済ませた後に俺はまっさらなトイレや棚を見ていった。事故物件なら事故物件で、ホラー短編のネタになると思っていろいろ探ってみた。すると、リビングにあるクローゼットの下にある物置スペースのような場所に張り紙がされていた。張り紙には、赤色で書かれた六芒星が書かれていた。気味悪かったが、外すと絶対に面倒事に巻き込まれるシナリオしか思いつかなかったので、放っておいて季節外の夏服をしまった。


 次に、クローゼットを開けると扉の裏にびっしりとお札が張られていた。こういうものは、先に剥がしておくべきだろと言いたいものの、放っておきたい気持ちもどこかわかる。だが、一番気になるのは、そのお札に書かれている文字は日本語でも世界にあるどの言語でもなさそうということだった。しいて言うなら、梵字のような解読不可能なものだった。


 俺は、お札を剥がさずクローゼットに、服をしまって置く用の小さなタンスを入れ服を収納した。正直、ここまで事故物件アピールをされると面白さが半減されると言ったものだが、俺は今日あったことを面白おかしく漫画にしてSNSに投稿した。まずまずの反応の中、俺は寝ようと電気を消した。その時、ドンッという物音が聞こえてクローゼットが勝手に開き始めた。ビクッとはしたが、俺はうまく閉まらなかったのだろうと思い、中身を整理した後にしっかりと閉めた。


 目を瞑ろうとした瞬間、今度は電気が勝手につき始めた。もちろん、この家には俺以外誰もいない。リビングの照明のリモコンは一つしかないし、寝ていたら手も足も届かない机の上に置いてある。不思議に思いながら、俺は再び電気を消した。すると今度はクローゼット近くでこちらをじっと見つめるような視線を感じ始めた。目線をそらして布団に入ろうとしても、その一挙手一投足を見られているような感覚に陥った。クローゼットをよく見ると、小さな2つの光がぼんやりと浮いていた。闇夜に光る野生獣の目のようで、ざわついたが俺は勢いよくクローゼットを開いた。だが、そこには何もなかった。安心したかったが、正直その時はそれどころではなかった。クローゼットの中は電気をつけずに確認していたため、底知れぬ不安があった。


 俺は、ゆっくりとクローゼットを閉めて布団の中に入った。それからしばらくは、静かなものだった。だが、また不思議なことが起こった。次は、クローゼットの下の物置がガタガタと揺れ始めた。地震という単純なものではなく、その物置の引き戸だけがガタガタと揺れていたのだ。俺の中で、一瞬あの六芒星の張り紙がよぎった。スマホを取り、引き戸を開けるとそこには何もなかった。ただ、六芒星の張り紙はいつの間にか俺が持ってきた段ボールの上に張り付けられていた。俺はそれをやむを得ず剥がして、物置棚の中の壁に張りつけた。


 瞬間、冷房もつけていないのに部屋が涼しくなり始めた。電気をつけ、エアコンのリモコンを確認するも電源は入っていない。ずっとおかしいとは思っていたが、この家は異常すぎる。俺は、電気を再び消して部屋を出ようとした。だが、急に足が何かに捕まったように動かなくなった。


 振り払おうとするも、なおもそれは足首をがっしりと掴んでくる。ダメだと思い、勢いよく電気をつけると掴まれるような感覚は消え、もちろん床にもどこにも俺を掴んでくる存在はいなかった。俺はしょうがなく、電気をつけたまま家を出ることにした。部屋を出て、振り向くとそこに404号室はなかった。あったのは、備蓄倉庫と倉庫に入った俺の荷物だけだった。


 俺は急いで、管理人に問い合わせようと管理室に向かった。確かに俺は404号室で借りていたはずなのに、部屋が無くなっていた。こんなことがあっていいのかと疑問と怒りが交互に感情が入り乱れたのを覚えている。俺は、1階の管理室にいたお爺さんに話をした。すると、おじいさんは俺を見てきょとんとした後、彼は鍵を渡してくれと言って来た。当然飛び出してきたので、鍵はない。おじいさんは一気に不審そうな顔つきで俺を見てくる。だが、俺の必死な顔に根負けして一緒に404号室へ見に行ってくれた。そして、俺が住もうとした404号室もとい備蓄倉庫へ案内すると、おじいさんの顔つきが変わった。そして、すぐに彼は俺に別の鍵を渡してくれた。


 今では、同じマンションの3階の304号室に住んでいる。もちろん、前のような現象は起きていない。ただ、気がかりなのは、最近上の階から人の足音のようなものが聞こえてくることだ。404号室は存在しないはずなのに......。あそこは、一体なんの倉庫なんだ?

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