ひな人形の恋

 私は幼いころ、ひな祭りに飾られるひな人形が苦手でした。白い肌のコントラストで余計に黒く見えるあの瞳と、複数の視線がなんとなくずっと見られているようで嫌でした。つい2か月前の体験は、私によりその感情を芽生えさせました。


 その日、娘のために実家から譲り受けた例のひな人形たちをひな祭りに飾っていたのです。娘は幼かったので、私と違って手に取って遊んだりしていました。微笑ましいものの、何か大変なことをしているような気もして、娘に彼女自身の玩具の人形を渡して、そのひな人形を戻しました。


その瞬間、ふとそのひな人形と目があった気がしてなりませんでしたが、大人になったのだからと自分を言い聞かせました。ひな人形の視線を気にしながら行事をなんとか終わらせ、私は自宅の屋根裏にひな人形とひな壇をしまい眠りにつきました。


 次の朝、なんとなくお腹のあたりに重みを感じて目を覚ますと、ひな人形のお内裏様がお腹の上に乗っかっていました。私は首をかしげました。


前日、ひな人形とひな壇はすべて回収して屋根裏に持っていったはずです。


子供も、まだ幼いので屋根裏に一人であがるとは考えられません。その時は、しまい忘れたのだろうかと首をかしげながら、また屋根裏に上がって人形をしまいました。


 その日は、特に変わったこともなく子供も元気に遊んでいました。ですが、途中子供が誰かと話しているように感じたのです。視線は天井、というより屋根裏に近い場所を見つめていました。


子供なのでこういうことはあると聞いていたので、気にせずに私は娘に『誰に話しかけてるの?』と優しい言葉をかけました。


すると、娘は


『おだいりさま』


とぽつりと言いました。


さらに続けて

『くらくて、こわいところにいる。ここからだしてママって言ってる』

と語り始めたのです。


私は、鳥肌を立たせながら娘に他のおもちゃや、アニメを見させてそのことに注意が向かないようにしました。その甲斐あってか、その日は娘からひな人形のことは話さなくなり、事なきを得たと思いゆっくり眠りにつきました。


 ですが、また次の朝になるとお内裏様が寝床にいるのです。今度は、お腹の上ではなく、枕元にありました。


 さすがに違うだろうと思いながら夫や、娘とも相談したり話したりしましたが、真面目に取り合ってもらえませんでしたし、誰も屋根裏に言っていないとのことでした。私は、怖くなって人形を入れた後にガムテープで収納箱のふたをしっかりと閉めました。


 これで内側から開くことも、外側から開くこともないだろうと思いました。しかし、その予想を裏切ってその次の日の朝には、自分の布団の足元にお内裏様がいました。私は、恐怖を通り越してあきれ果てながら屋根裏にせっせと運び、お内裏様をしまいました。


 そうやって、何度もたった一人の攻防を繰り返し、数日、数週間が経とうとしたある朝の事です。首になにか違和感を抱きながら目を覚ますと、黒い糸のようなものが自分の首にぐるぐると巻かれていました。


 その感覚は強くなり、だんだんと締め付けられるようでした。意識が飛びそうになりながら、私が立ち上がるとぷらんとお内裏様が私にぶら下がっていたのです。


そう、つまりこの黒い糸の正体はお内裏様の髪の毛だったのです。


 私は、涙目になりながらリビングの引き出しにあるハサミを取り出して、ぎりぎりと自分に刃物を当てそうになりながら切っていきました。


ようやく解放され、私は荒息を立てながらリビングに倒れ込みました。


 私は、さすがに辛くなり、人形供養することを決意しました。休日、夫に車を出してもらい二人だけでひな人形とひな壇を持って、あるお寺へと向かいました。


 お寺へ向かい、私達はお坊さんに人形を手渡しました。すると、お坊さんはその人形を見て「......いる」とポツリと言いながら供養を始めました。私は、怖くてその言葉がどういう意味だったのかなんて聞けませんでした。


それからは、やっと平穏な日常に戻りました。


 ですが、つい先日のことです。突然インターホンがなり、出て見るとこの間供養をしてくれたお坊さんが立っていました。気の抜けた声で私を呼びつけたので、おそるおそる出て見るとお坊さんは手紙を渡してきました。


 聞くと、それはお内裏様からの言葉だと言うのです。よくわからず、ポカンとしているとさらにお坊さんは続けて、お内裏様はどうやら私に好意を向けていたようで、彼を差し置いて夫と幸せになったことが気に食わなかったという旨のことが手紙には書かれていると言ってきました。私は、さらに気味が悪くなり受け取れないと言いました。


すると、お坊さんは深くお辞儀をしてふらふらと去っていきました。


まるで失恋して憔悴したように丸くなっていた彼の背中は、今でも夢に出てきて私を悩ませます。私は一体どうしてあげればよかったのでしょうか......。


 

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