【小話】ホラー短編集

小鳥ユウ2世

タコ

 私はタコが嫌いです。今でも食べられませんし、スーパーに並んだタコを見ると少しゾッとすることさえあるくらいです。そんな私がタコを嫌いになったのは、小学生ぐらいの時のことです。



 あの時は、夏休みでちょうど海ぞいに住む祖父の家に遊びに行った時でした。

私は寡黙ながらも釣り師として生きる祖父を尊敬していましたが、半分恐れも抱いていました。


それは、彼の顔が皺だらけで睨みつけているようにいつも不機嫌だからと言うのもありますが、祖父が私を釣りへ連れていくたびに、祖父の家近くにある洞窟へ連れていくのです。


その先は全く見えないのですが、祖父いわく古く小さな社があるとのことでした。


 先の見えない黒々とした洞窟に、意味も分からずとも手を合わせなさいとしゃがれた声でよく言われていました。また、洞窟の中へも入ってはいけないとも言われていました。ですが、不思議なことに手を合わせて釣りへ行くと、いつも祖父の船には大量の魚が捕れるのです。私も、漏れずに釣りを見よう見まねでしても、1~2匹は必ず釣れたのです。


 ビギナーズラックだと言う方もいらっしゃるかもしれませんが、祖父と洞窟に手を合わせてから釣りに行くときは必ずなのです。これを偶然というだけで片づけてよいのでしょうか。


 そんな折、私はどうしてもあの洞窟の中に、何があるのか気になってしまい、一人玄関にあった懐中電灯をこっそり持って探索に向かいました。気分は、秘密調査探検隊と言ったところでしょうか......。胸躍る私は、恐怖さえ乗り越えて洞窟の中へ向かいました。


 洞窟の中はしっとりとしていて、ぽちゃんと天井から水滴が落ちる音が響き渡っていました。先へ進むと、ぴとりと冷たい何かが顔にへばりついてきました。


私は思わず叫びそうな口を押えました。天井からの水滴音など聞き飽きているのに、やはりこういうことには慣れないものなのでしょう。


それでも、自分の好奇心は抑えきれずに前へ、前へと進んでいきました。すると、祖父の言う通り小さな祠がありました。祠には古い時代の鏡が置いてあり、うすぼんやりと私を映していました。


 洞窟の中身を知り、満足した私はその祠に挨拶もせずに踵を返し意気揚々と帰ろうとしたその時です。


足元になにか、ヌメヌメとした太い縄のようなものが巻きついてきたのです。


 私はまたも水滴の仕業かと、気にも留めずに歩こうとしたのですが、足はなぜか、どんどん祠へと近づいていくのです。


その力は強くなり、私は転んでしまいました。

転んだ一瞬、私はなにかの目を見たのです。

懐中電灯をその先に照らしても何なのかはわかりませんでした。


 ただ、一つ言えるのは、私の足を掴んでいたのはタコのような軟体動物の触手のようでした。


それは、今でも思い出すと鳥肌が立つほどのものでした。

恐怖そのものと言っても過言ではないでしょう。


 私はそれに、必死に謝りました。それはもう必死に、そして地を這うように頭を下げました。すると、引っ張っていく力はなくなりました。私は祠に頭を下げてすぐさま洞窟を抜けました。もちろん、その日は祖父にはこっぴどく怒られました。


ですが、祖父の怒号を聞いたのはその日が最初で最後となりました。その日から、祖父の元へはご無沙汰となり、祖父が急死するまでは行くことはありませんでした。


 今でもあの時の祖父の怒った顔よりも、洞窟にいた何かの方が恐怖を感じています。私はその恐怖の対象の感触からタコだと思い、それ以降私はタコに嫌悪感を感じてきました。


 あれは何だったのか、本当にわかりません。そして、祖父の死因も同様にわかっていません。ただ、祖父は海に打ち上げられていたと言います。


さらには、その次の日に私は両親を亡くしました。

その原因もわかっていませんが、祖父同様、海で亡くなっています。


 立て続く不審死に私は、祖父そして両親はそのタコの触手によって、引きずられて海へ誘われたのではないかと一層恨むようになりました。


そして、その毒牙は私にも降りかかっています。


たびたび、気づくと浜辺で裸足になって立っていることがあるのです。

その間、どのようにして来たのか覚えていません。


夢遊病というやつでしょうか。


ですが、私はあのタコのせいだと思っています。


 

 これは私の憶測でしかないのですが、今日も、そしてこれから先も生き続けようとする私に、そのタコと言う名の死神が、私を監視し続け死を受け入れる瞬間を待っているのでしょう......。


 




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