魅惑のVチューバー
これは、僕と僕の友人が体験した話です。僕には、大学時代の気の合う友人Aがいました。ゲーム、漫画、スポーツ......。多くの趣味が彼と波長が合っており、とても居心地の良い男でした。
ですが、趣味の合わないこともありました。僕はお酒が好きでしたが、彼は下戸で酒の付き合いはありませんでした。
逆に彼は、Vチューバーという最近話題の配信者に夢中でしたが、僕にはそれが分かりませんでした。ですが、分からないなりにも理解を示しているつもりでした。
ある日、Aとの会話のはずみで、彼が特に推しているVチューバーについての話題になりました。僕は、聞き耳半分で聞いていました。なので細かくはわかりませんでしたが、Aの好きなVチューバーは『神楽みこ』と言うらしいです。Aいわく、声よし、トークよし、ゲームセンスよしという天賦の才を持った少女らしいのです。
僕はそんな完璧人間などいないと茶々を入れましたが、彼は聞く耳を持ちませんでした。もちろん、本当かどうか何度も彼に聞きましたし、僕自身であらゆる動画サイトで調べたんです。ですが、どこにも『神楽みこ』という名のVチューバーは見当たりませんでした。この現状に、僕は困惑するばかりでした。
ところが、Aからの1通のラインで僕の困惑は少し晴れることになったのです。
彼のラインにはURLと『まずはこれを見てほしい』という言葉が添えてありました。疑心暗鬼でURLを開いてみると、そこにはなんと神楽みこのYouTubeチャンネルがあったんです。しかも、チャンネルには閲覧可能なアーカイブが残っていました。
僕は友人が、存在しないVチューバーを追いかけていたのではないかと心配でしたが、これによってそれは解決しました。
ですが、問題は彼女のトークや声、ゲームセンスといった天賦の才がどれほどかということでしょう。僕は、その好奇心で最新のアーカイブを確認してみました。
動画が再生されて数分、コメントだけが先に送信されて静かだったのですが、彼女が現れました。彼女の服装は巫女そのものだったのですが、それに反するかのように彼女の悪魔のような羽と角が印象的でした。
そして、彼女の第一声を聞いた瞬間、僕は耳を疑いました。その声は自分の初恋だった幼稚園の先生そっくりだったのです。僕は、その当時の記憶を今まで忘れていたのですが、なぜか彼女の声を聞いた途端に思い出したのです。
もっと不思議なことに、トークが始まると、彼女の好きなものが似ているのです。ゲーム選びのセンスから、好きな漫画、食べ物、そしてお酒に至るまで......。まるで生き別れた双子のようで、僕はいつの間にか彼女の動画を最後まで見ていました。
後日、教えてくれた友人にその話をすると、彼は首をかしげました。どうやら彼女の声が彼には、彼自身が中学時代に付き合っていた彼女とそっくりだというのです。
初めて意見が完全に食い違った瞬間でした。普段なら、僕も彼も折れて理解しあうのですが、今回ばかりはなぜか譲れませんでした。お互いに、彼女の声を批判されたかのように思ったのです。その日は彼と初めてつかみ合いの喧嘩になりました。
その日、僕は後悔と沈んだ気持ちを晴らすべく、神楽みこの配信にお邪魔することにしました。神楽みこは、いつものかわいらしい姿で、僕たちを迎えに来てくれました。その声はやはり、僕の初恋の人そっくりでした。聞き違うはずがないと確信しました。
今回の配信は、最近話題のホラーゲームのようでした。僕もホラー映画が大好きなので、配信では何度もゾクゾクさせられました。さらに、配信ということも相まって彼女の頑張りが直で伝わるようで、さらに高揚しました。僕はその高揚感のまま、初めて彼女にお金を投げました。いわゆるスパチャと言う奴です。
その甲斐あってか、僕はいきなり彼女に認知されました。その時はとても嬉しかったです。正直、ホラーゲームの内容など忘れるほどのにです。ですが、その一つのスパチャが、僕の金銭感覚と人生を狂わせようとしていました。
僕は、その時から友人や大学のことなど忘れて、彼女の配信にだけ集中してしまいました。
今は、ほどほどにすべきだったと思っています。
というのも、違和感を感じ始めたのは、僕が配信を観始めて10回目くらいの時でした。はじめは普通に視聴し、いつも通りスパチャも小さい額を何度か投げていました。
ところが、そのスパチャが勝手にbotのように流れていくのです。僕はその時なにも操作していません!
本当なんです!
両手を離してもコメントに流れる僕のスパチャコメントと、それを当たり前かのようにニコニコと喜ぶ彼女。
コメント欄も、生気のない無言スパチャのみになっていったのです。その時は、悪夢から覚めたかのように目を見開き、冷や汗をかきました。
僕は何度もスパチャを止めようとしました。
ですがどうにもなりません。
パソコンを止めようとしても、彼女の声のせいで、僕の冷静な脳に反して、体が反抗する。手足が金縛りのように縛られる感覚に襲われながら、ゆっくりとパソコンの電源ボタンを押しました。
その日から、僕はパソコン本体を買い替え、そのVチューバーを見ないようにしました。数週間経つと、落ち着いてきました。
今では、健全なV推し生活を送っていますが、今だに友人Aと連絡が取れていません。あの日のことを謝りたいのですが、共通の友人に聞いても行方不明だというのです。
なんだか、嫌な予感がすると思い、久しぶりに友人からもらった神楽みこのURLを開きました。ですが、なぜかそのURLからはチャンネルに飛ばず『このページは存在しません』という白い画面のみでした。
その時、僕はパッと彼女のことを思い出しました。彼女の容姿を......。
彼女は、本当のサキュバスだったのではないでしょうか。友人は、彼女に食われたのではないでしょうか。そんな思考がへばりついて、今は夜も寝られません。
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