あまのがわさん

 これはまだ、うちが大阪にいた話やねんけどな。そん時はまだ小学3年生くらいで、よう男の子と混じって公園で遊んでたんよ。いつも遊んでたんは、山の上にある公園やった。その山っていうのが「天河山てんかわさん」。地域のみんなはあまのがわさんって呼んでたわ。そのあまのがわさんには、公園の他に古い稲荷神社と謎の施設があった。


 謎の施設って言うのは、少し前に神社の神主さんか誰かが美術館立てようとして借金したまま工事ほったらかしたまんま夜逃げしてしまってできた負の遺産なんやって。......知らんけど。それで、そん時流行ってたのが、その謎施設に入って肝試しするっていうやつやった。ちゅうのも、当時はセキュリティガバガバやったから誰でも入れたんよ。だから、うちといつも遊んでる友達二人で夜肝試しに行くことにした。


 その日はちょうど、友達と同じ塾で帰りが遅くなってたし、ちょっとくらいええやろと思って、一緒にあまのがわさんまで自転車を走らせた。うちは夜とか怖いの好きやから、うきうきで自転車停めて、スマホのライト照らしながらあまのがわさんの公園を横切っていった。逆に友達の方は、暗いのもあかんくて、うちの腕がっちりつかんでたわ。


 そんな感じでようやく、お目当ての施設に到着した。そん時は、いつも公園からでも見えるあの大きな建物が一層大きく感じた。ライトを照らした先に、入れるような入り口を見つけたが、そこからは謎の冷たい風が吹いた。さすがのうちも変な悪寒が走ってた。でもここで、うちがここで怖がってたら友達がもっと怖くなって泣いてまうかもしれんと思って、うちははしゃぎながら中に入ろうと友達にせびった。


 すると、友達はこれまでとは違うトーンで首を振ってあかんって言い始めた。その時は、母親が乗り移ったんかみたいな目つきと声やった。さらに、彼は中になんかおるとも言い始める始末。うちはそんときは幽霊なんて信じてなかったから、気のせいやって言ってその子の腕引っ張って中に入った。多分、そん時うちも怖かったんやと思うわ。おっかなびっくりで入ると、床もなくて地面もろ出しやし、人気はおらんし、がらんどうで鉄骨とかがむき出しの状態やった。雰囲気的には2階建てっぽいけど、階段も、2階の床もないから仕方なく1階だけを探索することにした。


 1階を1周したものの、誰も見当たらなかった。誰かおるって言ってた友達も、誰もいなかったことに少し安堵したのか、強く握られてた手が緩まってた。そん時、端の方からドスっ!って音がした。友達の手をうちはまた強く握って、音の方へ向かった。けど、誰もおらんくて、鉄パイプみたいなんが地面に転がってた。二人で首をかしげて顔を上げると目の前に狐のお面みたいな顔がでかでかと広がっていた。


 体とかはなく、青白い耳と顔、黒々とした目、目の下から涙のような赤いラインが見えた。うちらは腰を抜かした。その顔はこちらに何かを訴えるように、うなり声をあげる。


 怖くて、怖くてたまらなかった。


 逃げ出したかった。


 でも、うちも友達も足が全く動かんかった。まるで金縛りあってるみたいやった。入ってきた入り口はすぐ近くにあるはずやのに、すごい遠くに感じた。小っちゃかったっていうのもあったと思うわ。それでもうちらは、地を這いつ配りながら逃げた。友達だけでも助けようと、うちは彼のわき腹とお尻を押していく。そうしてると、友達が急に変なことを言い出した。


おいなりさんが泣いてる と。


 うちは混乱しながらも、さっきから見えているあの狐顔に向かって何度も謝った。何に謝ってるかもわからないまま。だが、この金縛りは消えなかった。むしろ、キツネ顔の方に引っ張られる感覚さえした。だから、うちは条件を出した。大人になったらおいなりさんのおよめさんになりますと言った。そう言うと、金縛りが消えて体が軽くなり、走れるようになった。うちらは全速力で自転車まで走った。そして、自転車も立ちこぎしながら帰っていった。


 それからうちは関東に引っ越して、おいなりさんとの約束も忘れて大人になって、仕事先の同僚と結婚した。けど、幸せは続かず、結婚相手は結婚式の翌日に交通事故で亡くなった。ちょうどあの肝試しに行った日と同じ七夕のことだった。その3年後くらいにまた、別の人と結婚したが彼もその翌日に急性心不全になってしまった。その日も、奇しくも七夕だった。


 突然な死とはいえ、うちは罪悪感のようなものを抱えていた。うちと出会って結婚したせいで病気や事故になったのではないかと悩むようになった。あまりのひどさに、うちは故郷大阪に戻り、有名な占い師に見てもらった。すると、キツネが憑りついていると言われた。その時にやっとこの肝試しのことや、あの日の約束のことを思い出した。うちは、腹をくくり、また夜にあまのがわさんに行った。頂上から見た空には、山の名前の通り、天の川が見えた。私は一人、白無垢姿で稲荷神社に向かった。


 正直まだ怖いし、理解もできない。これで幸せになれるかわからないけど、うちはこの七夕の日、キツネのおよめさんになります。


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