とれない臭い

 これは、今でも抱えている問題なんですが、僕は僕自身の匂いが気になっています。体臭がキツいだとかは、周りに言われたことがないのですが、最近妙な匂いがするのです。それは、祖父が死んだときや叔父がガンで亡くなる直前に嗅いだような独特な匂いだったのです。つまり『死臭』だと思います......。そんな匂いがする気がするんです。


 もちろん、病院に行ってあらゆる検査を受けて見ました。ですが、なんの検査にも引っかからず、健康そのものと言われました。もちろん、鼻にも異常は見られません。心の病を疑われ、心療内科にも行きましたが、結果はただの気にしすぎだと言われました。それでも僕の体から、死臭が漂ってくるのです。腐っているわけでもないのに、肉や卵が腐ったような匂いがいつでも、どこでもしてくるのです。


 その匂いは、何度も風呂に入っても、部屋でずっと過ごしていたとしても取れる気配はありません。体臭ケア用のボディソープや、デオドラントを使用しても数時間で死臭が鼻を突きます。僕はその匂いを嗅いだだけで、気が滅入るようになりました。そのせいで、病気にでもかかったかのように体調が悪くなったりもしました。


 僕は気を紛らわすように、仕事に明け暮れました。その時は少しだけ、自分の体臭を気にしなくなっていました。仕事先の人間は、僕の席を通るたび鼻を抑えていたので、かなり居心地が悪かったです。さらに追い打ちをかけるように、ある日目覚ましで朝起きると、死体に群がるようにハエが右腕にびっしりとたかっていたのです。僕は、急いでそれらと取り払いました。幸い、右腕が壊死していたわけでも卵を植え付けられたような形跡もなかったのですが、あの異様さは忘れることができません。


 僕は、少し気分転換に自宅近くの海へ向かうことにしました。仕事終わりの夜、一人で見る海は、少し恐怖を覚えましたが、何かを変えてくれるような気がしていたのです。ですが、浜辺に座って黄昏れようとした瞬間、あの死臭が海から漂って来たのです。まるで、僕の匂いを嗅ぎつけてきたかのように。その瞬間、海は深く広く感じました。誘い込まれるような深淵に、僕は惹きこまれてはならないと思い、おぼつかない足場を踏み込みながら家に戻りました。



 その夜は、眠たくても眠れないような状態になりました。自分の中にある恐怖が、目を閉じた瞬間に湧き上がってくるのです。それでも人間ですし、仕事に支障をきたしかねないので、眠ってしまいました。


 次の朝、目覚めると今度は両腕にハエがたかっていました。あの黒い虫が起きた瞬間に目の前にあるので、緊張感と恐怖で飛び起きて腕を振りました。ハエはすぐにはたき落とされて、すぐに綺麗な腕が戻ってきました。窓を開けると大量のハエが外に消えていきました。僕は、茫然としながらそれを見守りました。その日は仕事もまともに集中できず、大変でした。上司も虚ろな自分を見かねて、早退させるほどでした。僕の匂いこともあり、仕事先は僕を自主退職させようとしていました。僕は、周りに迷惑をかけたくない一心で、その申し出を受けました。


 僕はその数週間後に退職して、今は実家で再就職先を探しています。今でも死臭はしますが、あの場所にいたころよりかはマシだと思いたいです。結局、どうしてあんな匂いがしていたかはわかりません。もしかして、あの海のせいなんでしょうか......。


 


 

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