ドッペルゲンガー
自分とそっくりな人間をみたことがある? 私は見たことがある。というより、知ってしまった。彼女のことを知ってしまったがあまりに、今最悪の状況にいる。
私は『福知山 かおり』という名の女優で、やっとその名を覚えてもらえるようになってきたの。自分で言うのもなんだけど、美人だと評判なの。胸はある方で、右目の下には泣きぼくろがある。演技も他人からうまいってよく言われるし、すべてが究極で完璧だとも称されていた。でも、私には彼らの賞賛や世辞は、野次や批判と同等に鬱陶しいものになっていった。忙しすぎたのよ。正直、あの時は休みが欲しかったの。
私が彼女を見つけたのは、ドラマの撮影で撮影所から離れた町で撮ったときだったと思う。その時に、ふらりと通りすがったのが彼女だった。でも、私以外はだれも彼女を気に留めなかった。まるで見えていないみたいだった。
撮影が一通り終わり、私は彼女を探しにマネージャーに嘘をついて街を散策した。正直見つからないと思っていた。でも、彼女は見つかった。彼女は、近くの飲食チェーン店でバイトをしていたの。それで、私はその飲食店に入り彼女に注文を頼みながら、彼女の顔を何度も見た。目つき、鼻筋、口元、そしてほくろの位置までそっくり。いや、うりふたつと言った方がいい。まあ、彼女の方は私の顔はメガネやマスクに覆われてるから似てるとか思ってなかったと思う。だから、私は彼女にだけ素顔を見せて見た。
彼女は思った通り目を丸くした。自分と鏡写しのような存在に、ハッとしていた。そして、私が女優であることも悟った。どうやら、私のことを知っていたようだった。そして、彼女自身も周りから似ていると言われるから、私を意識し始めたのだという。私はもっと彼女の出自を知りたくなり、バイト終わりに会う約束を取り付けた。
飲食店から持ち帰りにしたハンバーガーを、近くの公園で食べながら彼女を待つ。しばらくすると、彼女が走ってきた。彼女に自販機でジュースを渡して、彼女のことを聞いてみた。すると、驚くべきことに顔だけではなく、胸の大きさ、身長、体重がかなり近い数字だった。しかも、声も似ていて、趣味の共通点も多かった。私たちは、生き別れの双子が偶然に出会ったように意気投合するも、両親も違うから当然、本当の双子でもないのに似すぎではないかという気味の悪さもあった。
そして、私は彼女に本題を振ってみた。つまり、入れ替わりだ。素人には無理だと普通は思うよね。でも、その時の私はなんとなくいけるような気がした。私はその直感を頼りに、彼女にその時撮影していたドラマの台本を渡してみた。私の役の本読みを公園でさせて見た。最初は、素人らしいぶっきらぼうな演技だったが私が少しづつ教えていくと、素質があったのかメキメキと上達した。人前に出しても大丈夫くらいだなと思い、私は次の日の撮影を彼女に任せてみることにした。
次の日、私は離れたところで撮影を見守ることにした。マネージャーの車からは、私の影武者が出てくる。あまりボロを出さないように、周りの挨拶は最小限にしろという助言の甲斐あってか彼女に疑念を持つ人はいなかった。そして、ドラマの撮影が始まった。私の役は、ドラマの中のメインヒロイン的な立ち位置だ。つまり、おいしい役。彼女はその役をすんなりと受け入れ、演じきった。私自身を演じれているんだ。その役作りの精度は高かった。むしろ、私よりうまくて妬いてしまうくらいだった。その日は、無事に1日の撮影を終了した。もちろん、私が緊急で入れ替わることなんてする必要もなかった。
私はその時に確信した。彼女にもう少し教え込めば、完璧に私のドッペルゲンガーが完成すると思っていた。私は撮影終わり、彼女に周りとのコミュニケーションの取り方の癖をいろいろ教えた。誰に対してどういう話し方をしていたか、どれくらいの関係性なのかを教えていった。彼女は私と違って真面目で、メモを取りながらうんうんと話を聞いていた。彼女も少し女優と言う者に興味があったおかげもあって、しばらくは私と彼女で休みと密な連絡を取り合いながら、うまくやっていった。
ところが、ある日。彼女との交代日が減っていった。最初は1日ごとの交代だったのが、3日ごとになり、次は1週間とどんどんと彼女が私として生活する時間が長くなった。さらに言うと、金銭面でもトラブルが発生していた。なんと、私のクレジットカードを勝手に使って買い物をしていたのだ。私はクレジットの暗証番号なんて教えていない。だが、彼女はなぜかそれを知っていて、利用したのだ。私は彼女に、クレジットの利用をやめるように言うが、彼女は聞く耳を持たなかった。というより、自分が稼いだものなのだから当然だと言う。間違いではないが、この計画は、私がいて成り立つものだっていうのに......。
さらに、彼女からの定時連絡がこなくなってきた。つまり、私の交代日が無くなってきたのだ。今では彼女が『福知山 かおり』である時間が長い。そして、私のあらゆるものを奪っていく。仕事もそうだし、友人も家族も、ゴシップ記事までも彼女の話題でもちきりだ。彼女は私と違ってやり手で、ドラマの撮影内で男をひっかけていた。しかも、主演の子。私も彼の演技に惚れていた。もちろん、顔もタイプだった。だから、彼女に私も戻りたいと言った。だが彼女は、以前の優しい顔つきなど忘れていて、冷酷で無神経な表情を浮かべてこう返してきた。
「これはもう私の人生だから。邪魔しないで」
そう言ったと同時に、私を家からつまみ出した。元は私の家なのに......。
こうして私は、私の人生から追放された。これは私がおかしたミスだ。
もう、彼女に逆らうことはできないし、彼女から自分の人生を取り戻せないと思う。
多分、取り戻そうとした瞬間、彼女はすべてのコネを使って私を消しにかかるだろう。
そう思いながら家から出てくると、福知山かおりのマネージャーが私を見た。そして、眉をひそめて『福知山かおりのなりすまし』と言ってきた。私は、ありのままのことを伝えたが全く取り合ってくれなかった。あろうことか、私を捕まえようとして来た。やはり、私の考えは間違いじゃなかった。彼女は私の人生を完全に乗っ取ろうとしている。私を完全に消そうとしているんだと......。
それから、私は芸能界とは縁遠い場所でひっそりと暮らしています。できることなら、自分の人生を取り戻したいです......。誰か、助けて下さい......。
わたしが、福知山かおりなんです......。
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