トニーズ・ファニーランド
この間のお盆休み、俺は少し奇妙な体験をしたんだ。今年は帰省もせずに、家で一人のんびり酒に浸っていた。すると、珍しくラインの通知が鳴った。それは、かなりご無沙汰していた幼馴染の女の子からだった。
彼女は中学2年までずっと一緒だった子で、なんなら少し好意もあったが忽然と俺の前から姿を消した。誰も彼女の行方も知らず、人づてから海外に引っ越したとも言われていた。俺はさっそく久しぶりという言葉と共に、今まで何をしていたのかを聞いてみた。どうやら、彼女は中学2年の時に大きな病気を患っていたらしく、その後入退院を繰り返して海外の病院でようやく治ったとのことだそうだ。今は、高卒の俺とは違い、大学生らしい。また、成人式にも顔を出せなかったため連絡をよこしてきたらしい。多分、母親同士のつてで連絡先を知ったのだろうと、その時は勝手に思っていた。それよりも、俺に連絡してくれたことが嬉しくてつい昔話に花が咲いた。さらに、俺は彼女にデートを誘うことに成功した。
デートの場所は、俺が小学校の時に修学旅行で行った小さなテーマパーク「トニーズ・ファニーランド」だ。さらに彼女からの案で、閉園間近の時間帯に行きたいということで俺は夜に車を走らせた。現地にたどり着くと、入り口前に彼女が立っていた。俺が軽く手をあげると、彼女はあの時と変わらない笑顔で迎えてくれた。というより、中学生から時が止まったかのような童顔と身長ですぐに彼女だとわかったし、俺も当時の想いを思い出して心が高まっていた。
彼女と共に、ファニーランドへ入っていくと、まず初めにそびえ立つのはクマのトニーの大きな顔が付いた観覧車だった。彼女はその観覧車を指さして、乗りたいと言って来た。そこへ向かうと幸いに並んでいる人はいなく、すぐに乗れることができた。観覧車に揺られながら、彼女の顔を見つめる。大病を患っていたからか、少し顔が青白い。それでも、透き通った肌が俺を捕らえて離さなかった。彼女の手に触れようとした時、彼女は窓の方を指さした。ふとそちらを見ると、花火が上がっていた。久しぶりの花火と、観覧車、好きな人、このシチュエーションに心躍らない人はいないと思う。俺も当然その一人だ。今でもそうだし......。
それから、観覧車が地上に戻り、降りると同時に彼女は行きたい場所があるかのように走り出した。俺は、彼女を追いかけていた。その時、思わず笑顔がこぼれていたことは忘れられない。今でもニヤついてしまうくらいだ。そんな中、彼女が立ち止まった先には、カートゥーン調の家が数個並んでいた。ここはたしか、このテーマパークのメインキャラクターたちと触れ合えるエリアだったはずだ。でも、いくら閉園前とはいえ、人が少なすぎることにようやく気付いた。
横の寂しさをさらに感じたかと思うと、彼女がいないことに気付いた。俺は必死に彼女を探し、名前を大声で叫んだ。すると、突然キーンと耳をつんざくような音が聞こえた。同時に、何かが地面を擦っているような音が聞こえた。思わず後ずさりすると、家からメインキャラの一人、クマのトニーが現れた。だが、様子がおかしい。普段の彼の可愛げある動きじゃなかった。さらに言うと、その手にはキャラクターやテーマにそぐわない大きな斧を持っていた。彼はそれを高く掲げてこちらに視線を向けて歩き出した。その顔は、いつものごとく笑顔にあふれていた。だからこそ、俺は気味が悪かった。
俺は突然の出来事に声が出なかったが、命からがら走っていった。幸いにもクマのトニーの足は遅く、彼の狂気に満ちたような笑顔と目をかいくぐることに成功した。少し歩いて、イルカショーの施設の影で座り込むと、彼女がその施設から出てきた。俺は焦りつつも事情を説明した。すると、彼女は俺よりも冷静な声で入り口まで逃げようと言った。だが、奇妙なことに決して振り向くなと条件付きで言って来たのだ。その時は理解できなかったが、俺は彼女の言う通り、振り向かずに走った。瞬間、トニーが歩いているようなドス、ドスという足音が聞こえてきた。俺は振り向いて彼女の安否を何度も確認したくなったが、振り向くなと言われたのでなりふり構わずに走った。
走っているうちに、ようやく例の観覧車が見えてきて、俺は内心ホッとしながら入り口の方へ向かった。すでに閉園していたのか、入り口の檻のような扉は閉まっていた。構わず登ろうとしたとき、後ろからもういいよという彼女の声が聞こえた。もう後ろを振り向いていいということだと思い、俺は振り向いた。すると強い光が差しこむと同時に、不気味に笑う声と血まみれでこちらをじっと見つめる彼女の顔が見えた。
俺はその時、人生の中で一番絶叫した。だが、その叫びは突然終わりを告げた。肩を何度も揺すられ、目を開くと俺は錆びた鉄格子のそばで座り込んでいた。さらに、懐中電灯を持った警察官が俺の肩をゆすっていたことが分かった。見回すと、そこは空き地になっていて、俺と警察の人以外誰もいなかった。
後日、家族や旧友に確認すると俺の幼馴染は中学生の頃にすでに大きな病で亡くなっていたらしい。じゃあ、一体あの日の夜のことは何だったんだろうか......。じっと見つめる彼女は、俺になにを言おうとしたのだろうか。ただ、あの時の彼女の眼差しは永遠に忘れることはないと思う。
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