カムイリ祭
これは私がこの町に越して間もないころの話だ。仕事からの帰り道、くたくたになりながら歩いていると祭囃子と楽しそうな歓声が聞こえた。なんとなく気になり、私はその方向へ足を向けて歩いていった。階段があり、少し大変だったがその先には小さな神社があった。神社の周りには、お祭りの出店がたくさん並んであった。
人もそれなりにたくさんいて、にぎわっていた。よく見ると、彼らの頭には黒子のような頭巾をかぶっていた。さらに、頭巾には模様の入った布が正面についていた。私は、ちょっと気が引けたもののここまで来たのだからと思い、焼きそばを一つ買いに行った。そのついでに、やきそば屋台の主人にこれはなんのお祭りかと聞こうと顔を覗いた。すると、主人の顔にも同様の黒子頭巾に顔にも見える不思議な模様がついた布が張り付いていた。私は、声が詰まりそうになりながらも焼きそばを頼み、祭りについて聞いた。焼きそばをジュージューと焼く主人はちらりとも本来の顔を見せずに面をひっくり返した。
そして、彼は私に視線を向けて
『今日はカムイリ祭だよ』
とひどく単調な声でつぶやいた。
瞬間、焼きそばが焼ける音が消えたような気がして不思議だった。
しばらくすると、屋台の主人から焼きそばを手渡された。恐る恐るそれを口にすると、意外にも味は普通のやきそば......。いや、それよりも少しおいしいと感じた。私は、やきそば片手に神社の出店を見物してみた。カステラ、りんご飴、スーパーボールすくい、射的......。どれも懐かしい雰囲気を纏った屋台だった。そして、どの屋台の主人もここにいる私以外の全員がしている被り物をしていた。私はそういうお祭りなのかと思い、その被り物を探すも見つからなかった。やきそばがなくなり、少し道にそれた場所にあったごみ箱に放り込んだとき、祭囃子の拍子が変わった。
何事かと思い表の道に出ると、御神輿とそれを囲むように歩いていく集団が現れた。
御神輿を率いる集団は、周りの被り物集団とは別のお面をかぶっていた。それは、私達の知っているひょっとこや、おかめなどではなかった。人間のような、鬼のような不気味に牙の生えた何かだった。それらはゆっくりと神社の本殿に近づいていく。その間は、どんな屋台でも祭りに来ていた者でも静かに見守っていた。私も、その雰囲気にのまれて息を潜んでいた。
すると、いきなり御神輿が止まりお面の集団が一気にこちらを向いた。それに合わせてお祭りにいた人たち全員がこちらに注目しだす。何事かと思いながらキョロキョロとしていると、お面集団の一人がこちらに向かって来た。
「貴様ぁ! カムイリにヒトが来てはならん! カムイリに穢れたヒトは入れてはならん! なぜ来た! なぜ来た! 死にたいのかぁ!」
突然のことに驚きつつも、私はただ楽しそうだったから寄ってみたと伝えた。だが、彼らは私の言葉が通じていないのか、急に知らない言語で話し出す。その中で怒号や悲鳴のようなものが聞こえてきた。私はなにかマズい事でもしたのかと思い、急に冷や汗が止まらなくなった。おどおどしていると、先ほどこちらに話しかけてきた人がまたこちらに来た。今度は彼らとおなじ被り物を手に持っていた。
「カムイリ、カムイリ。君もカムイリなさい。すれば死せず、反せず、仕損ぜず。カムイリなきものはお戻りもできぬ」
その人は、先ほどとは打って変わって優し気な声で私に諭した。同時に、私はこのお面を受け取ればもう自分の居場所に戻ってこれないと悟った。私は首を振ってそれを拒否した。お面を渡そうとした人は、それを見てそのお面を半ば強引に被らせようとした。
瞬間、人込みの中から別の男の声がした。
「来い、逃げるぞ」
その声で、私は状況を飲んで走り出した。すると、周りにいた他の連中が私たちを追いかけてきた。その人は私に振り向くなと言い放ちながら、ずんずんと階段を下りていく。私も、その力に引っ張られて転げ落ちないように足元を確認していった。
だが、階段はどう考えても行きしなで上ってきたときよりもはるかに段数が多くなっていた。しかも、下を見下ろしても暗闇でどこまで下におりればいいかわからなくなっていた。それでも、私の先頭に立つ彼は帰り道を知っているかのように迷いのない足取りで降りていく。私は彼を信じてどんどん進んだ。
後ろから、ドンドンと音を立てながら階段を下りてくる仮面や被り物の集団たちは、まったく諦めるそぶりもなかった。階段も終盤に差し掛かり、先に彼が地上に降り立った。私もそれを追いかけるように地上の道を駆けた。そこらを見渡すと、実家の最寄り駅だったはずなのに、まったく雰囲気が変わっていてどこにいるのか見当もつかなかった。首をかしげていると、ぐいと腕を引っ張られた。
「よく聞け坊主! このトンネルを抜ければ、お前の住む世界に戻れる。だが、忘れるな! 何があっても振り返るな。振り返るんじゃないぞ!」
私は彼の言葉に半ば疑問を感じていたものの、彼らの祭りから抜け出す術がこれしかないのならしかたないと思い、トンネルの方へ走った。だが、被り物とお面の集団はこちらへ走ってくる足音が聞こえてくる。トンネルのせいで、反響して聞こえてくる。まだトンネルは暗く、その先もどうなってるのかわからない。
それから暗闇の中、まっすぐ走っていくと外の街灯が目のまえに見えてきた。そのおかげか、トンネルが若干明るくなっていった。そして、あの助けてくれた人の声で
「もういいぞ」
という声が聞こえてきた。
私はお礼を言おうと振り返ってしまった。
その瞬間、バッと文字のような模様が見えた。何かはわからなかったが、雰囲気で『神』と言う文字に見えた。その文字と共に、私は気を失った。
次に目が覚めたときは、自宅の布団の上だった。
どうやって帰ってきたのかはわからない。
その後、地域の図書館であのお祭りについて調べてみたが何の情報も得られなかった。だが、似た音韻で「神有」「神無」という言葉を見つけた。
もしかしたら、あれは神の世界へ入るという意味の「
【小話】ホラー短編集 小鳥ユウ2世 @kotori2you
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