第47話 説得
私はダリア様の後を大人しく着いていく。行き先は言っての通りダグラス様の執務室。
「ダグラス、話があるの」
ダグラス様の承諾の声が聞こえ、ダリア様と共に部屋に足を進めた。ダグラス様は、私の顔を見て驚いていた。きっと、私もついてきているとは思いもしなかったのだろう。
「どうしたんだ、リュシエンヌも」
「手紙のことについてよ。リュシエンヌ」
私はダリア様の隣に進んでダグラス様の目をみた。
「ダグラス様、私は明日公爵邸に戻らせていただきます」
そう簡潔に淡々と言えば、ダグラス様はダンッと大きな音をたてながら立ち上がった。
「ダメだっ」
そう声を荒げたダグラス様を見たのは初めてだった。思わず目を閉じ身を縮め、くるはずもない衝撃に備えてしまった。閣下も公爵夫人も激昂すれば、すぐに手を出してきたからそのせいだ。
「リュシエンヌ?」
身を固める私を二人は不思議がる。そうだ、ここはフロライン家ではない。タルト家だ。私を叩く人も貶す人もいない。
「ごめんなさい、驚いてしまって」
「あぁ、私のせいだったのか。申し訳ない……その様子を見れば本当に公爵邸には行かせられない」
ダグラス様は、さっきとは打って変わって落ち着いて席に着いた。私はダグラス様の言葉を聞いて、自分の行動が間違っていたことに気づいた。公爵邸に行くのを許してもらいたいのであれば、怯える姿を見せるべきではなかった。ただダグラス様が立ち上がっただけなのに、自分の本能が身を隠せと叫んでしまった。それはきっと幼い頃からの習慣。身を隠すことを習慣づけなければならなかったのは、閣下と公爵夫人がすぐに手をだす人だったから。その事実を私の今の行動はダグラス様に見せつけることになってしまった。
「今はいきなりだったから驚いてしまっただけなんです。決して叩かれるとか罵声を浴びるとかそう思ったからでは――」
弁明をしながら自分で墓穴を掘っていることに気づいてしまった。ここにいる誰もそんなことをするとは言ってない。ただ怯える私を気遣って言ってくれていただけだ。あぁこれじゃぁますます私は公爵邸に戻れない。
「それでも、それでもリュシエンヌが行きたいと望むのであれば三日」
「え?」
「三日で帰ってきなさい」
ダグラス様の言葉に耳を疑ってしまった。三日だなんて馬車では到底辿りつかない。きっとダグラス様は瞬間移動で行ってこいと言っているのだ。ダグラス様は私の魔法の腕を知っているのだから、そういうふうに言うのは驚くべきことではない。
「許してくださるのですか」
「許すも何も当事者であるリュシエンヌが帰りたいと望んでいるのなら従うのみ」
ダグラス様はまっすぐにそう言い切った。そして、徐に立ち上がり私の頬を撫でた。
「15歳まではここにいるのだろう?ちゃんと帰って来なさい。お前の家はあの公爵邸だけではないのだから」
「はい、ダグラス様」
「そうよ、リュシエンヌ。あなたの家はあそこだけじゃないの。まぁ公爵邸に比べれば辺境な地にあるし、それこそ広さだって違うけれど。私たちはいつでもリュシエンヌを一番に思っているわ。だから良いこと?私たちを悲しませたくなかったら絶対に怪我なんてしてこないこと」
「はい、ダリア様。約束します」
私をちゃんと見てくれる人たちはここにいるのだと、改めて感じさせられた。私は翌日タルト家に束の間の別れをつげた。
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