第40話 私の大切な孫


 ティータイムが終わり、ルリと荷解きをしていた。最初はルリが一人でやるつもりだったらしいが、流石にルリが頑張っている横で寝てなどいられないため、無理言って手伝わさせてもらっていた。それに二人でやった方が早く終わると思ったのだ。だが、気づけば日はすっかり暮れていた。疲れたと私が呟けばルリはもう大丈夫ですよという。私がその言葉におとなしく従うわけがないのに。


「はぁ、普通ご主人は使用人に全て任せておくんですよ?」

「私がそんな普通に見える?」


 そういえばルリは口をつぐんだ。気を取り直して、荷解きに掛かろうと思った時、部屋にノックの音が響いた。ルリが扉を開ければキトがいた。なるほど、夕食の時間になるのか。二人の話が終わりルリが私にそのことを伝える。


「じゃあ一度中断して、準備をお願いしてもいい?」

「はい、もちろんです」


 軽く服を変え、ちょっと豪華なドレスにした。髪は、ギブソンタックにしてもらった。首がスースーするけれど食事の時はちょうどいい。私は、ルリを連れ部屋を出ようと扉に近づいた。


「あれ、私食堂の場所知らない」


 失念していたのだ。そもそも食堂で食べることなんて時戻り以降していなかった。だから、すっかり忘れていた。普通であれば、家族揃って食事をすることを。


「大丈夫ですよ、内装はある程度教えていただいたので」


 ルリが得意げに扉を開けた。


「じゃあ案内をお願いしてもいい?」


 ルリはお任せくださいと言わんばかりに胸を張った。私はルリに苦笑しつつも、頼りになるなと思いながら後をついて行った。


「遅れてしまい申し訳ありません」

 

 私が食堂に着いた頃、すでにタルト夫妻は揃っていて席に着いていた。食事こそまだ出ていないが、待たせてしまっているようだった。


「私たちも今来たところだから、大丈夫よ。さ、夕食にしましょうか」

 

 私をみて夫人は優しく微笑んだ。私は明らかに空いている席に足を向ければ、ルリが椅子を引いてくれた。


「ありがとう、ルリ」

「いえ、私は先に部屋へ戻っておりますので」

「うん、残りを一人ですることになっちゃってごめんね」

「そもそも、リュシエンヌ様が手伝いになられること自体がおかしいのですよ?」


 ルリの小言に笑って返せば、ルリも笑って食堂を出て行った。


「ふふっ、随分と仲がいいのね」


 あ、思いっきり夫妻に見られていた。不快にさせてしまっただろうか。


「申し訳――」

「あぁ別に怒ってるわけじゃないの」


 貴族であればあまり使用人と仲良くすることを良しとしない方も多い。私こそ気にしないが、夫人がそれに当てはまるのであれば、私は今貴族としてあるまじき失態を犯したということだ。だから、素直に謝罪をしようとしたのだが、そう返された。私は「え」と小さく声を漏らしてしまった。


「こう言っては失礼に当たるだろうけれど、王都の方って結構平民への当たりが強いことが多いと思うの。だから、フロライン様がこうやって侍女と仲良くしていて微笑ましくなっちゃって」

「ルリ、私の侍女は今一番大切な人です」

「良い侍女を持ったみたいね」


 私は小さく首を縦に振った。そうすれば、夫人の笑みはもっと深くなった。


「あの、私のことを受け入れてくださり本当にありがとうございます」


 自然とそう口に出ていた。いきなりのそれに夫妻は驚いた表情を見せた。私は二人を置いていくようにそのまま話を続けた。


「タルト夫妻が公爵家である私の願い、いやこれはもう命令のようなものに逆らえないことを知って手紙を出しました。本当に申し訳ありません」


 タルト夫妻が私のせいで困ることは知っている。だけど、ただ言いたかった。自己満足でしかないけれど。私は真っ直ぐ二人を見据えれば笑って返された。


「仕方がなくフロライン様の滞在を私たちが承諾したとお考えですか?」


 子爵がそう私に聞く。私は端から「断ることができない」からタルト子爵夫妻が承諾したのだと思っていた。だって公爵家はタルト子爵家の一人娘であったお母様を存外に扱った。それにできた私はお母様の命を奪ったも同然の存在だから。そう考えていたのだけど。子爵の話を肯定するため私は小さく頷いた。


「あなたが公爵令嬢だからではなくて、あなただから私たちは承諾しました」

「そう。私たちずっとあなたに会いたかったの。だってあなたは私たちの大切な孫だから。さぁ、夕食を食べましょうか」


 どう返せばいいかわからなかった。私とタルト夫妻は今日が初対面。なのに私のことを大切だとか言ってくれる。閣下と公爵夫人はそんなこと言ってくれなかったのに。初めて会ったのに、いきなり大切だなんて言われてもよくわからないし、二人にとって私がどんな存在になっているのかが全く持ってわからない。ただ、「私たちの大切な孫」という言葉だけが私の中で繰り返された。


 

 






 

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