第48話 公爵邸

「お嬢様!?お一人ですか?」

「はい、一人で来た方が手っ取り早いと思いまして。門を開けていただいてもいい?」


 もう一年も見ていない門が私を歓迎するように開いた。まぁ門が歓迎していたとしても私の心はすごく沈んでいる。もうすでにあの二人の元へ帰りたいぐらいに。今、私は公爵邸に瞬間移動してきたところだ。実際には少し離れたところに移動したのだけれど。


 門を潜り抜ける前に、胸元からネックレスを取り出して軽く口づけをした。アルには申し訳ないけれど今日ばかりは違うネックレスを付けさせてもらっている。このネックレスは子爵邸を出る前に、二人にもらったものだ。何も力はこもっていないはずなのに、何だか心が安らいだ。よし、会いに行こうじゃないの。


「閣下は今どこに?」

「当主様は執務室にいらっしゃいます」

「そう、ありがとう」


 相変わらずいつでもあの人は執務室にいるのね。まぁいいけど。一年振りだけれど、身に染みている公爵家の構造。執務室へと自然に足が進んでいく。歩いていれば見知らぬ顔ばかり、廊下で見かけた。きっとリリアが生まれたということで、色々と使用人を雇ったのだろう。確か、時戻り前でも一時期使用人の入れ替えがあったのを覚えている。それが今っていうことか。私が親しくしてた使用人ってルリしかいなかったからわからないや。もうちょっとちゃんと覚えようかな。



「さ、着いた」

 

 目の前にある執務室の扉を叩き、リュシエンヌですと伝えれば部屋の中からガタンと大きな音がした。そして部屋の中から一人の使用人が出てきた。


「おかえりなさいませ、リュシエンヌお嬢様。主人様がお入りになるようにと」

「ありがとう、カセン……ただいま」

 

 この初老の男性はカセン。私のお母様を知っていて、私を時戻り前からよく心配してくれていた人だ。久しぶりに顔を見れたからか少し目頭が熱くなった。


「主人様はかなりお怒りのご様子です。お気をつけて」


 カセンは私にそう一言言って去っていった。ダリア様に怪我しないでとは言われたけれど、一回ぐらいは殴られる気がするなぁ。この一年剣の稽古をつけてもらっていた。色々なことができれば、いつか公爵令嬢を辞める時に何か役立つと思ったから。稽古をつけてもらう中で何回も怪我をしてきたけど、痛みが怖くないわけじゃないし、痛みに慣れてもいない。だから、今だって手がかすかに震えてしまっている。


「私、閣下にいつか勝てるのかしらね」


 私は軽くそう笑って、執務室の扉を開けた。


「お久しぶりです、閣下。私、リュシエンヌ戻ってまいりました」

 

 一年ぶりに見たその顔は今までに見たことのないような表情だった。


「お前はリリアに何をした?」


 久しぶりの親子の再会。最初の一言がそれだった。あぁ、ことごとく私を失望させてくれるのですね。でも、それでいいよ。今更私に興味を持たれても、迷惑だしね。


「私は何もしておりません」

 

 私は淡々と事実を述べたのだけれど、閣下の気にさわったのだろう。机をドンと叩く音がした。


「嘘を吐くな」

「嘘など言っておりません。そもそもなぜ私を疑うのですか」

「この家にいまお前の名を出すものなどおらんからだ」

 

 めちゃくちゃな暴論だ。私だっていまさっきこの家に戻ってきたのだから。自分で言っていて気づかないのだろうか。自分が意味不明なことを言っているということを。


「私だってこの一年はタルト子爵の元にいました。一切この家には立ち寄っておりません」

「はぁ……これ以上私に嘘を吐けば牢に入れることになるぞ」


 なぜこの人は私の言うことを信じてくれないのだろうか。私が悪だと決めつけるのだろう。


「……本当に嘘は吐いておりません。これが嘘であると、そう決めつけるのであれば。いっそ……いっそのこと私との縁を切ってください」


 私はそう言い切った。前から考えていたことだ。それに何度も想像の中で練習をした。だから簡単に言えると思っていたのだけれど、実際そういうには少しためらいがあった。もうこの人たちには何も思っていないと思っていたんだけどなぁ。


「それはできん」


 やっぱり。どれだけこの人が私のことを嫌いだとしても縁を切ることはしないだろう。縁を切ってしまえば、それなりの公爵家の恥でもあるし私が今婚約を結んでいる王家との関わりもなくなるから。結局この人は、私のことを何も考えていない。公爵家の評判と利益、そして夫人とリリアのことしか考えていないのだから。


「そうですか……では閣下が安心できるよう誓いをしましょう。手を出していただいてもいいでしょうか」


 私はそう言ってドレス姿のまま閣下に跪いた。


「期限は15歳になるまで。公爵家の方々に関わらないこと、誓いを破れば自死、でよろしいでしょうか」


 私は誓いの内容を確認する。閣下の顔を見上げれば、軽く頷いた。


「では」


 指に魔力を使って傷をつける。閣下の手に私の血を一雫垂らす。


「我、齢15に至るまでフロライン公爵家の血の者と関わらんことをここに誓う。破ることすなわち自死することを意味する」


 言葉一つ一つに魔力を込める。誓いの口上が終われば垂らした血はすーっと体内に吸われていった。誓いはかなりの集中力、そして魔力を消費する。それこそ賢者に匹敵すると言われた私だからこそ簡単にできるものだが並のものが誓いをたてれば、終わる前に魔力が底をつき魂を持ってかれてしまうだろう。


「これで明日からこの誓いが効果を発揮することになります。では失礼いたします」


 私はそのまま瞬間移動をしようと思ったのだが、執務室の扉がいきなり開き発動が遅れてしまった。そのまま行っていれば面倒ごとを避けられたのに。






 

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