第33話 ルリと姉妹

「海、海ですよ!」


 馬車に揺られること、六日。だいぶタルト子爵領に近づいてきた証に海が見えてきた。今日は、一日ネプトで気分転換だ。ルリが馬車の窓から見える海を見てはしゃいでいる。その様子を見るととてもじゃないが10以上年が離れているとは思えない。


「ここから見てもきらきらして見えるのだからきっと近くで見たらもっと綺麗なんだろうね」

「楽しみですね!」


 でも私も相当楽しみにしている。今すぐにでも海に走って行きたいほどに。あ、そうだ。


「ルリ、これから私のことはリリって呼ぶこと」


 ルリはなぜかわからないといった表情をした。


「王都から来た貴族であるってバレたら、きっと色々なことに巻き込まれるだろうから。私とルリは姉妹、いいね?」

「わかりました」

「敬語も外して」


 海を見たことない私とルリ。そしてその言葉遣いや仕草、格好に名前をそのままにしていればきっとすぐに王都に住んでいる良いとこの貴族だってバレてしまう。そうすればスリや暴漢それに、人攫いにだってあってしまうだろう。いくら治安が良いとは言っても小さな穴を掻い潜る奴らがいるだろうから。


「今はご勘弁を」


 困った顔をしながらルリは言った。まぁ、まだ街には入っていないから大丈夫だろう。それにしても、いつも着ているものより平民が着るものは生地が軽いな。だけれど、長く着られるように丈夫になっている。銀貨一枚だったっけ。平民の皆からしたら高い買い物だろう。だからこそ長く着ることができるように丈夫に作られているのだろう。ふと、気をつけなければいけないことを思いついた。

 

「街から少し離れた場所に馬車をとめるよう……余計なお世話だったみたい」


 街に近いところに馬車を止めてしまったら、それこそ盗んでください、さらってくださいって言っているもののようだ。だからそう言ったのだが、もう既に御者はわかっていたみたいだ。街の雰囲気の欠片も感じさせない場所に馬車を停めた。後ろについてきていた護衛が扉を開けエスコートしてくれた。


「なんだか変な匂いがする」

「それはきっと海の匂いですよ」


 私の呟きに護衛が答えた。


「海の匂いは、こんな匂いがするんだね。それに空気がベタつく感じ」

「それは、潮風のせいかと」


 へぇ、海が近いとそういうものがあるんだね。王都とは全く違っていて面白い。


「ありがとう、教えてくれて。それじゃ行ってくるね」

「少し離れた場所から護衛させていただきます」


 私はそう言って頭を下げる護衛を見てから、ルリの手を取って歩き始めた。


「リュシ」

「違うよね?」


 歩き始めたにも関わらず、ルリは私のことを「リュシエンヌ様」と呼びかけた。だが、私が途中で睨みを利かせ止めることができた。ルリは眉をひそめた。ごめん、今だけ我慢してほしい。せっかく、普通の町娘の格好をしているのだから話し方も直さなければ意味がない。

 

「リリ、楽しみ、だね」

「うんっお姉ちゃん」


 少しぎこちない様子で話すルリに不安を覚えながら手を繋ぎ街へ向かった。



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