第29話 公爵家の愛娘sideアルフレッド




 僕はアルフレッド・フォン・ブラッドリー。この国の第三王子だ。第三王子とは言っても、兄様二人とは血は半分しか繋がっていない。なぜなら、僕は妾の子。王妃の子供ではなく陛下の一夜の誤りでできた子供だから。いつも王妃と兄様たちに疎まれ生きていた。正妻からしばしば暗殺者に狙われることもあった。母様と離宮で豪華ではない普通の暮らしをして過ごしていた。だけれど、母様は正妻の手がついた侍従に毒を盛られ亡くなってしまった。母様は僕の前で少しずつ弱り亡くなっていった。母様が最初からいなかったかのような生活が離宮に戻ってきた。そんな中、フロライン家の令嬢との縁談がきた。


「陛下、フロライン家のご令嬢であれば兄様たちのどちらかの方が良いのではないでしょうか」


 フロライン家といえば御三家の一家。だが、それであれば兄様たちの婚約者として王家の味方につけたほうが色々と有利になるはず。なのになぜ第三王子で妾の子である僕に。


「お前のような者には関係のない話だ。ただお前が良い駒であるというだけだ」


 陛下はそういった。きっと兄様たちには恋愛結婚をしてほしいとか、そういう魂胆なのだろう。駒であるということに対し、抗議する理由も権利もないため僕はその場を去った。そして、その一週間後フロライン家に訪れた。リュシエンヌ嬢を初めて見た感想は「公爵家の愛娘」だった。フロライン公爵は、リュシエンヌ嬢に対しその顔を緩ませて接していたしリュシエンヌ嬢は部屋に入ってきて真っ先に笑顔でフロライン公爵に抱きついていた。


「初めまして、フロライン公爵令嬢」


 きっと僕はこの人と仲良くなどできないだろう。愛を受けていない者の気持ちなどきっと分かりようにもないのだから。



 僕の気持ちなど政治には不要で、フロライン公爵令嬢とは仲良くしなければいけなかった。社交界の場で見るフロライン公爵家は僕が理想とする家族そのものだった。それが羨ましかった。だから、フロライン家の異変に気がつけなかったのだろう。リュシエンヌ嬢の妹君が生まれてからだ。リュシエンヌ嬢の笑顔が減り、その身につけている物もだんだんと貧しいようなものになっていった。僕はそれに気づいていた。気づいていたんだ。だけれど見て見ぬふりをした。そしてリュシエンヌ嬢が17歳、妹君が9歳になったころ、僕は陛下に呼び出された。


「アルフレッド。お前はリュシエンヌ嬢との婚約を解消し、リリア嬢との婚約を結べ」


 そういきなり言われて理解が追いつかなかった。何故か、その理由を問う。


「リュシエンヌ嬢よりもリリア嬢の方が見目麗しいというじゃないか」


 その言葉を聞いて反吐が出そうになった。婚約者を見た目で判断するとは。とんだクソ野郎だ、そう思った。


「ですが、フロライン公爵が許さないのでは?」


 婚約解消となればリュシエンヌ嬢の肩書きに傷がつく。それに、妹に婚約者を奪われたとなれば尚更。その心配を嘲笑うかのように陛下は口を開いた。


「公爵からそれを提案してきたんだ。滑稽だろう?リュシエンヌなど愛していないと。あいつが殿下の婚約者であることも烏滸がましい。その座はリリアがふさわしいんだ。そういったぞ」


 陛下は思い出し笑いをしていた。僕はその間頭を打たれたような衝撃を受けた。あれは全て演技だったというのか。僕は、いつも愛されている公女だと思って。その立場に醜く嫉妬して冷たく当たってきていたというのに。なんて間違いをしでかしてしまったのだろう。今すぐ謝罪しなければ。そう思い、謁見室を退こうと体を翻した。だが、そこには二人組が立っていた。


「第三王子殿下が良ければ、ここで書類を交わしてもらってもよろしいでしょうか」


 当然かのように微笑む、フロライン公爵夫妻。どうして、そうやって笑っていられるのだろうか。


「来たか、フロライン公爵夫妻」

「陛下のお呼びとあればいつでも。それで、サインはしてくださるのでしょうか」


 その顔で僕を見ないでくれ。気持ち悪くて、気味が悪くて。すぐに胃の中のものを吐き出してしまいそうだ。


「リリア嬢はまだ9歳です、僕と少し歳が――」

「お前に拒否権があるとでも?」


 そうだ、僕は所詮フロライン家との関係を紡ぐための駒。そこに僕の考えなど存在しない。


「いいえ、陛下。僕はここにリュシエンヌ・フロラインとの婚約を解消し、リリア・フロラインとの婚約を結ぶことを宣言します」


 準備されていた紙に何の意味のないサインをして、僕は謁見室を去ることにした。

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