第44話 私はずっと前から


 しばらくの間私はそのまま泣き続けていた。涙が枯れるまで泣いた。おかげで顔はぐちょりと濡れており、喉だってカラカラだ。まだ、少しでる鼻水を啜っていれば、ダリア様が紅茶を差し出してくれた。入れたての紅茶を一口飲んで、ふぅっと息を吐く。


「落ち着いた?」

「はい、先ほどは本当に見苦しいものを」

「いいのよ、まだあなたは七歳っていう小さな子供。存分に泣けばいいの。ターニャだって小さい時はすぐ泣く子だったのよ、ねぇダグラス」

「そうだな、毎日のように泣きやましていたな」


 二人は過去のことを思ってふふッと笑った。そうだ、私ダリア様の問いに答えなければ。


「ダリア様。私は身も心も至って元気です。最初からあの人のことは母親だなんて思ってませんので」

 

 そう前を見据えてはっきりと答えれば、ダリア様はフハッと笑った。


「そう、それなら安心だわ。もう子供は寝る時間ね。寝室まで送っていくわ」


 時計を見てみれば一時間は余裕で過ぎていた。そんなに時間が経ってしまっていたのか。私は立ち上がって歩き始めたダリア様について行った。扉の前で振り返り、ダグラス様に礼をする。顔をあげれば軽く笑ってくれた。


「あら、ちょうど来ていたのね」


 扉の向こうでダリア様がそう話す。どうしたのだろうと扉から顔を覗かせれば、ルリが来ていた。


「時間がかなり経ちましたので心配になり来てみたのですが」

「今から、送るところだったの。大分話し込んでしまってもうこんな時間になってしまったの」

「なるほど、だからちょうどとおっしゃったのですね」


 どうやらルリがわざわざ迎えに来てくれたようだった。私が姿を見せれば、ふっと微笑んだ。


「ルリ、お迎えありがとう。部屋に戻ろう」


 そう言いながらルリに手を差し出せばちゃんと支えてくれた。あぁ、ルリもこんなに温かい手をしていたんだっけ。今まで気づいていなかったなぁ。


「ダリア様、ダグラス様本日はありがとうございます。では良い夢を」

「えぇ、おやすみなさい」

「良い夢を」


 ダリア様とダグラス様は手を振って私が帰るところを見届けてくれた。


「しっかりとお話し、できたようですね」


 ルリは優しく微笑んで言った。どうやら、お見通しらしい。きっと私の目は腫れていて、泣いたこともわかっているのだろう。


「うん。ちゃんと話せたよ」

「それはよかったです」

「ねぇ、ルリ」


 静かな子爵邸に足音を話し声だけが響く。


「どうしました?」

「私のこと、ダグラス様たちに話したんだね」


 繋いでいる手から動揺が伝わってくる。


「はい、申し訳ありません」


 ルリは私の手を離し、立ち止まって頭を下げた。違う、私はルリに謝ってほしくて言ってない。私はそれを訂正するためにまた口を開いた。


「頭を上げてルリ、私は嬉しかったの。ルリなりに私のことを考えてくれたんだろうなって思って。違う?」

 

 そう尋ねれば、ルリは頷いた。


「早く部屋に戻ろう?」


 そう言って離された手をもう一度差し出せば、しっかりと握ってくれた。この温かさが落ち着く。閣下たちからは一度ももらっていない温かさ。今日は色々あったけれど、ぐっすり眠れそうだな。ベッドに入ってからルリにおやすみの挨拶をする。


「本当にありがとう、ルリは私にここで安心して過ごして欲しかったんだなってそれがすごく伝わってきた。嬉しかった。ありがとう、おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ。リュシエンヌ様」


 私はルリが部屋を去っていくのを見守った後に、目を閉じる。今日は色々あった一日だったなぁ。ダリア様はすごく温かい人だったし、ダグラス様も優しい方だった。ちゃんと周りに目を向けていれば良かったんだね。私は前からずっと、優しくて温かい人に囲まれていたのだから。







 



 

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