第38話 私の部屋


 私はキトに連れられ屋敷の中を歩いた。公爵邸と比べれば確かに質素だけれど、十分に立派なものだった。私の部屋は2階の突き当たりに用意されていた。


「皆でどのお部屋にしようか悩んだのですが、こちらが一番日差しが入り心地の良い部屋でしたので用意させていただきました。家具もこちらで選ばせていただいたのですがターニャお嬢様いえ、ターニャ様が好んでいたものと同じように用意させていただきました」


 私の方を向いてそう説明してから、キトは扉を開けた。私は誘われるがまま部屋の中に歩みを進めた。


「わぁ」


 思わず声が出た。白と黄色を基調とした部屋。黄色という主張が激しい色だけれど白色と淡い色を組み合わせることによりそれを落ち着かせていた。とても住み心地が良さそうな部屋だった。だから。


「素敵です、ありがとうございます。とっても私好みです」


 そう振り向いて感謝を伝える。あっと驚いた顔をキトは一瞬見せた。


「本当にお嬢様とそっくりです。夕食の時間になりましたらお呼びいたします。それまでお寛ぎくださいませ」


 キトは深く礼をして部屋を去っていった。ルリは使用人用の部屋を案内されているらしくこの場にはいない。私は一番窓際に近い椅子に座り風を浴びた。とても気持ちがいい。


「とてもいい人そうだったなぁ」


 私は夫人の手の温もりが触れた場所を触りながらそう呟いた。そこにはもう残ってないはずのものを感じた。感じたことがない気持ち、この気持ちがなんなのか名付けてみたかった。嬉しいとか幸せとかそういう類ではない、と思う。そうだ、ルリが戻ってきたら聞いてみようかな。


「あ!まだ謝罪を伝えてない!」


 私は撫でられた衝撃で一番大切といってもいいことを忘れてしまっていた。それは、謝罪だ。拒否できないとわかっていて、私は子爵家に滞在を申し出た。だからそれについてちゃんと謝ろうと考えていたのに。今から、ちゃんとしなければそう思ったけれど。


「迷子になる、かな」


 部屋を出て廊下を見るが、初めて来た知らない場所ということで探検することに恐怖を覚えた。きっとこのまま歩みを進めれば確実に迷子になるし、子爵家の方達にも迷惑をかけてしまうだろう。うん、部屋に戻ろう。


「あれ、リュシエンヌ様?」


 私が部屋の扉に手をかければ横から聞き馴染んだ声が聞こえた。


「ルリ、案内は終わったの?」


 そう聞いたのはルリが持っているトレーにはティーポットにティーカップなどが乗っていたからだ。そういえば、もういつもであればティータイムの時間だ。


「はい!とても皆さん親切で良くしてくださいました。それに私の部屋は特別リュシエンヌ様の隣の部屋らしいですよ!」


 驚いた。押しかけたも同然の私の部屋も然りルリの部屋も用意してくださるとは。そう固まっていればルリが心配した様子でこちらを見た。


「あ、リュシエンヌ様と隣の部屋などおこがましいですよね……お気に召さなければ今すぐにでも――」

「いや、違うの。ルリと隣の部屋っていうのはとても嬉しい。ただ、こんな私をこんなにも歓迎してくれるなんて思ってなくて」


 私がそう俯きながら言えばルリが歩み寄ってきた。


「とりあえず、ティータイムにしませんか?近辺で有名なスイーツ店のケーキをもらってきたんです!」


 少し沈んだ気持ちはルリのその笑顔をみたら消えていってしまった。









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