第46話 帰ってこい


 ダリア様が放った言葉に私は驚きを隠せなかった。てっきり私が家に帰るまであの人たちは私に連絡もよこさないと思っていたから。まぁ連絡しないのは私もだけれど。でも、フロライン家であれば全然警戒する対象でもないはず。なのになんで二人は先に手紙を見たのだろうか。


「公爵家、からですか…でもなぜダリア様は先に手紙を読んだのですか?公爵家であれば全くもって警戒する必要がないと思うのですが」

「確かに何も知らなければ私たちはそうしたわ。でも私たちは知っているの。あなたがあの家でどんな目に遭ってきたのかをね。それに8歳の子供を侍女一人と御者だけに全て任せてこんな辺境の地まで送るほど子供に無関心な親が、わざわざ手紙を寄越すなんて。何があるか分からなかったから」

 

 ダリア様が両手をギュッと握りしめながらそう語る。今にもその爪がダリア様の肌を突き破ってしまいそうなぐらいに力を込めている。それを見たら私は思わず身を乗り出してその手を触った。


「力、こもりすぎです」

「――そうね、ありがとう」


 一瞬ビクッとして、私の方をダリア様は見る。私は笑ってそう言えば、ダリア様も笑ってくれた。私は安心してソファに座り直す。ダリア様の手を見れば、もう力はこもってない。それにしても、ダリア様がこんなにも私を心配してくれるだなんて思ってなかった。すごく嬉しいな。


「公爵家でしたら、他の方に見られる心配がある手紙で大層なことは書いてこないですよ。あの人は他の目があるところでは優しい父親を演じていますから」


 そう言いながら、私は過去のことを思い出した。そういえばリリアが生まれてからは人の目があるところでも冷たくあしらい始めたんだっけ。なら、手紙にもそういうことが書かれていてもおかしくないかな。


「なので手紙を読ませていただいてもいいでしょうか?」

「それはダメ」


 ダリア様は食い気味に否定する。


「この手紙がリュシエンヌ宛なのはわかってるし、私が口を挟んでいい問題ではないのもわかってる。けどこの手紙は読んで欲しくない」

「――それは私が傷つくから?」


 私の問いかけにまっすぐこちらを見てダリア様は頷いた。この一年間ではダリア様のこんな表情見たことがない。それほどまでに、ダリア様は真剣なのだろう。


「わかりました。手紙はダリア様たちに預けます。その代わり内容を教えていただいてもいいですか?」

「――単刀直入にいうと、家に帰ってこいとのことだったわ」


 え?家に帰ってこい?私はダリア様の言葉を聞いて頭が真っ白になってしまった。嘘であることを信じたかったけれど、こんな表情をしているダリア様が嘘をつくはずがない。だけれど、とてもじゃないが信じられない。あの人たちが私に帰ってこいなんて。心臓の鼓動が少し早く脈打つのを感じながら、ダリア様に聞いた。


「理由は、理由は書いてありましたか?」

「そう、ね。リリアって子は、妹さん?」


 唾を飲んでその理由を聞こうとしていたのだが、急な質問に拍子抜けしてしまった。


「はい、去年生まれたばかりの子です」

「その子があなたの名前を呼び続けるそうよ。だから、何をしたってだいぶご乱心だわ」


 私はその理由を聞いて落胆してしまった。少しだけ少しだけでも、閣下に期待してしまったのだ。閣下が私のことを必要としてくれていた、とそう思ってしまったのだ。やっぱりそんなことはなかったのだけれど。それよりも私の名前をなぜ、リリアが知っているの?あの人たちが私の名前をリリアに教えるはずがないし。

 

「あなたが行きたくなければ行かなくていいと思っているの。手紙から伝わってくるほどの怒り。きっとリュシエンヌがあちらへ行ってしまったらきっと」


 ダリア様はずっと私の心配をしてくれている。ダリア様は公爵邸に戻って欲しくなさそうだけど、私は行かなきゃいけないだろう。だって、ダリア様は手紙の内容を見てご乱心だといった。なら私が今帰ることを選ばなければ、余計に閣下は心を乱すだろう。きっと、騎士たちを動かして子爵家まで来るだろう。そうしたら、ダリア様に、ダグラス様。それに優しい子爵家の皆にまでも被害が及んでしまう。なら、ここで大人しく私が向かったほうがいい。


「ダリア様、私は明日此処を立ちます」

「――!リュシエンヌ……」

「ダリア様が私の身を案じてくれているのはわかっていますが、匿ってもらうことで子爵家の皆に迷惑をかけたくありません」


 そう宣言する私の手はかすかに震えた。私はそれを隠すように手を後ろへ持っていった。私は笑顔で心配させないようにダリア様と向き合う。ダリア様は、承諾することを渋っているようだった。その表情すらも私の心を温かくさせてくれる。私は立ち上がって、ダリア様の隣へ行く。驚いた表情のダリア様の手に私の手を合わせる。


「大丈夫です。私は強いんです。魔法の腕だって剣の腕だって、子爵邸の方には負けません。公爵邸の方にも負けません。大丈夫です」


 この一年間、ただただ養われていただけではない。専属の講師だってつけてもらえて、剣も魔法の腕もどんどん磨いていった。剣は一年だけだったが才があったおかげで、すぐに講師に追いつくことができた。魔法はダグラス様のツテで現役の賢者に教えてもらっているおかげでだいぶ扱い方が上手くなってきている。だから、言うなれば向かうところ敵なしなのだ。


「それでも、あなたは子供だわ。いくら魔法をうまく使えたって、いくら剣の才能があったって。私の前ではただの子供、親に守られるべき子供なの」


 ダリア様はそう私を諭す。そのダリア様の目を私は黙って見つめれば、ため息をダリア様がついた。


「わかったわ、元より意地の強い子だとは思っていたけれどここまでとはねぇ。ダグラスのところへ行くわ。ついてきて」


 

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