第24話 ライムとブランドの状況。

魔術書に男が入るとライムはいない。


辺りを見渡した男が、「来ていない?トラブルか?」と呟くと、「いや、来ているさ」と言って魔術の神が現れる。

魔術の神は遠くの方を見て、「だが魔術書はイリゾニアの本のように繋がっていなかったようだな。俺がお前ともう1人の相手をしている。俺も初めて知ったが、入本術をされて、初めて向こうに自我が生まれた。ダメなら神界に連絡する所だった」と言い、話が術にそれ始めた所で、魔術の神が「話がそれたな、経緯を聞かれているぞ?答えるか?お前も聞くか?」と聞いてくる。


男が頷き、魔術の神が話した事は、どうしても魔術の神はこの世界で魔術を使うとどうなるかにしか興味がないのだろう。

話の軸が魔術になってしまう。


男が魔術の神の説明を要約すると、ライムはブランドを知っていて、ブランドはライムを知らない状態。

ブランドは金持ちの息子で、親元に不満を持って家を出たが、親の仕送りにたかり働きもしない。周りには剣術を習っている。馬術を習う、魔法を習うと公言するが、どれもトラブルになってやり切らずに辞めてくる。そしてトラブルの先はブランドが敵対した相手がブランドでは話にならないと言って、親元にクレームを入れてきて親が金で解決をする。

金銭的にも精神的にも限界を迎えた親は、トラブルの解決に人を雇う事にする。その親が雇った中の1人がライムで、ライムの他にも何人か居たが、皆ブランドの人間性を見て嫌になった上に、トラブル解決の過酷さに辞めていってしまったという。

外に出なくなったブランドを気にして家に訪れたライムは、ブランドが魔術書を用いてイリゾニアに入った事を知ったという事だった。


「それで奴が入本術を使ったのはわかったが、入本術で入れば言葉にするまで心情が反映されなくなる。何故ライムは今になって心情が反映されたんだ?」

男の疑問に魔術の神が「2冊目の方には憑依術というものが載っていてな、対象に自身の複製を憑依させるんだ。入本術ではなく憑依術を使ったらしい。まああっちの入本術もお前がやっている分身術を使うような状態に近い改変がされている。どちらかと言うと憑依術に近いな。魔術書が分かれた事が起因して面白い結果になっている」と言った。


男が魔術の神に目で訴えかけると、魔術の神は「話を戻してやる」と言ってから話を再開し、「憑依術でライムという存在に自身の意思を憑依させる事で、あくまでライムとして生きていて、思考誘導に近い形で操作をしていた。今回は術を使う為に、致し方なく入本術を使ったそうだ」と説明してくれた。


ブランドに関しては簡単な話で、ブランドは魔術書を読みながらある野望を持ち、それに向けて才能を開花させていた。


後でライムから直接伝心術で聞いた言葉を伝えるのなら、「あのバカ、入本術と入夢術を掛け合わせるつもりでいたみたい。専用の術式が書いてあったのよ。その横に走り書きのメモがあって、そこには「モテる男になって、女を心ゆくまで抱く」、「イリゾニアの女は全部俺のもの」、「ブルガリならどの女も思い通り」ってあったのよ。万一出口を封じられていたり、ブランドの欲望が形を成していて逆らえない状況になっていた場合を考えると、入り込むのはハイリスクだから憑依術にしたのよ」だった。


男は魔術の神に礼を言ってイリゾニアに戻ると、見舞いに来ていたライムと術で話をする。


ライムに言わせれば、本来の勇者ブルガリがブランドに乗っ取られたせいで、勇者クラムがブランドの欲望が具現化した存在、勇者パールになったと思い込んでいたし、ブルガリの戦闘力がカインに移ったと思い込んでいた。


だがパールも反魂術の影響で本に入った男の妻だと知ったライムは、「目的は同じだから応援するわ」と言ってくれた。


「目的?」

「ブランドを現実に連れ帰る事。まあ雇い主からは最悪処理して構わないって言われてる。…逆ね、率先して処理するように言われてる。薬物中毒みたいに、これ以上一生お荷物とかになるなら殺して欲しいって話よ。これが入本術で外に身体が残っていなければ始末して終わりにもできたのに、本が死を認めないし、中途半端に体も残るし、厄介だわ」


「肉体を殺すとどうなるかわからないから、エンディングまではすまないが…」

「いいわよ。こっちもイリゾニアの負担が全部あなたに向かうから協力するわ」


「一個聞きたいのだが、奴はどうなりたいんだ?さっき聞いた女を心ゆくまで抱くって言っていたが、こんな状況でもイリゾニアに居たいのか?」

「わからない。まあ平和な世の中になってブランドが讃えられる世界ならいたいのかも知れないわね。…なんでそんな事を?」


「いや、帰りたいのなら邪魔をするなと釘を刺そうと思ってな」

「…やめておきなさい。あの性格を知る私からすればハイリスク過ぎるわ」


そのライムの目は、百戦錬磨の男からしても背筋の凍るものだった。

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