第7話 知らない勇者。

妻には会いたいが、イベントごとは面倒くさい男は、出会いの部分を読み飛ばそうとしたが、読みはじめてすぐに慌ててイリゾニアに入る事になる。


それまで何故か書かれなかった2人の勇者が問題だった。

本来なら300の魔物から村を守る為に、力を発現した勇者ブルガリだったが、そこに割く余剰戦力もない魔王の軍勢は全戦力をカインに向けていたので、ブルガリの発現シーンは[夢枕に神が降り立った事で、残りの勇者達は力に目覚めていた]のみで片付けられていた。


それが更に改変された物語では、[魔王の軍勢は魔王が寿命を使う事で、再度百万の魔物を生み出した。新生魔王軍には以前の数倍も力を増した5将軍も居て、いくらカインといえど余裕の勝利は難しいだろう]とされていた。


しかも[魔王は宣戦布告と共に、デイドリー国王に勇者の居所を教えてきた。デイドリー国王は罠を疑ったが、カインの後押しもあり勇者を集める事にした]とある。


「ご丁寧に魔王が勇者を呼ぶ?アホか?どうせなら各個撃破くらいしろよ…。ああ、物語の最後は魔王の死なのか…」


男は納得をして読んだが、次の瞬間に余裕は全て吹き飛ぶ。


[集められた勇者達は国王に挨拶をする。「はじめまして国王様、若干の攻撃魔法が扱えて、支援魔法が得意なパールでございます。5歳の時にはオークの群れから家族を守りました。ただその戦闘で記憶を失ってしまいましたが、戦闘にはなんの支障もございません」、パールの人柄に国王は孫を見るようにパールを見て、「頼もしい言葉、期待している」と言葉を贈る。「国王陛下、私はライム。魔法は使えませんが、我が剣技は魔物共に遅れは取りません」、剣士ライムは女性の気品と戦士の風格を併せ持っていて、思わず期待を寄せてしまう。「すまないが頼らせてもらう」と国王は言い、家臣に宝剣の用意をさせた]


ここまではまだいい。

パールの部分は、改変された物語に沿って設定の変更があるのは仕方ない。剣が得意な勇者ライムは本来のセリフ通りだった。


だが原作なら、勇者クラムと結ばれるはずだった勇者ブルガリは、ブルガリではなかった。


[国王の前に出てきた男には自信が見受けられた。自信に満ち満ちている男は、胸を張って国王の前に立つと、「俺の名前はブランド。勇者ブランド。魔王軍なんて恐れるまでもありません。全てこの俺にお任せください」と言い名乗った。国王は「その自信は力の表れと受け取ろう。期待しているぞブランドよ」と言葉を贈った]


「なんだコイツは!?ブランド?ブルガリじゃないのか?まさかコイツも蘇生してイリゾニアに?万一外の事を知っていると、物語が崩壊してパールに何かあるかも知れない」


男は慌ててイリゾニアに入ると、丁度国王が「このカインは若干6歳で万の魔物を葬った男だ。5将軍すら一度は倒している。皆の旅路を救ってくれるだろう」と紹介している所で、「はじめまして。カインです。魔法攻撃が得意です。よろしくお願いします。一日も早く魔王を倒しましょう」と挨拶をしたが3人の目が冷たい。


ライムは訝しげに「6歳で万の魔物?5将軍を単騎で?」と口にしていて、戦果が誇張されているのではないかという顔だったが、ブランドは「どうせお前じゃ魔王には勝てないんだから大人しくしてろよ」と言ってニヤニヤとパールの胸元を見ている。

そしてパールは「私、あなたの事を噂で聞きました。人の命をなんとも思わない悪い人」と言って軽蔑の眼差しを向けてきた。



男はこれには堪えた。

今までの全ての苦労が台無しになったような感覚に襲われた男は、死んでしまいたくなる。

だが、すぐにそれは記憶を失い、イリゾニアが差し向けた事だと切り替える事にした。


今男は出口代わりに外でイリゾニアを読む自分を用意している。

これは分身術で用意した自分で、魔術や魔法の割り当てを最低にしていて、単純に本を読む端末としている。

意識を向けた時だけ本の中を先読みすることが出来ているが、イリゾニアは傷心の男に牙を剥いてきた。


[勇者の集結を台無しにする為に、魔王は十万の魔物をデイドリー王国に仕向けてきた。ここで勇者カインは倒せずとも、残りの勇者を始末してしまおう]


男は支援魔法が得意なパールに「済みません。嫌な予感がするから索敵を頼みたいです」と言うが、パールは睨みつけてくるばかりで話にならない。


「どういうことだ?」と国王に聞かれて「以前陛下が気にされていたことです。これが魔王の罠なら、これを機に敵を送り込んで来ると思います。支援魔法が得意なパールさんにサーチをお願いしたいのです」と答えると、国王経由でようやくパールは索敵を済ませて息を呑む。


「その顔、やはり罠でしたね?」

男の言葉に、パールはなんとも言えない顔をしてから目を逸らす。


男は落胆の気持ちを抑えながら、「迎え撃ちます。兵の皆さんは街を守る塀の中で、民の避難や保護を、我々が迎え撃ち、倒した後始末をお願いします」と言うと、国王は「いつもすまない。頼りにしているぞカイン」と言う。


ブランドは胸を張って余裕の顔をして、「ははっ、俺たちの初陣だ!国王陛下、この俺の活躍をご期待ください!」と言ってから、パールに「君のことは守るさ、怖くないよ」と言い、パールは無条件で頬を染めて「ありがとう」と言う。


この時、男の中に少なからず嫉妬心が生まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る