第22話 想定外の問題。

男はゆっくりと立ち上がる。

腹の血を止めて毒を溜めるのは言語道断。

このコンディションでやるしかなかった。


「血が出てる!動かないで!」、「ダメだ!ここは私が!」と背後で声が聞こえると、ブランドは紫色の顔を歪めて「何でお前は立ち上がるんだよ?勇者の添え物だろ?勇者は俺とパールだけで十分だろう!」と怒鳴り、レイザーイを向けて走り込んでくる。


エムソーとスゥは高みの見物でニヤニヤと笑っている。


カインに復活されたらたまったモノではないエムソーとスゥからしたら、ブランドが始末をしてくれるのなら応援しかない。


男は本の外から「その油断が命取りだ」と呟く。


カインになっている男は未使用の術を使う。

口にするとイリゾニアにバレる以上、本来の名を名乗らずに身体強化術を使い、ブランドの頭を鷲掴みにすると壁まで投げ飛ばし、追いかけると首の骨を折ってから手足の骨も折る。


そして念入りに剣を握る腕の骨を折ると、聖剣レイザーイに手を伸ばす。


ちなみに外で読むと[毒で瀕死のはずだったカインに不思議なことが起きた。全身に生命力がほとばしり、暴走したブランドを圧倒すると、聖剣レイザーイに手を伸ばした]と書かれている。


ブランドは激痛に苦しみながらも「バカめ、レイザーイは俺様の剣だ。お前なんて持った瞬間に剣に殺される。そもそも持てやしない」と悪態をついたが、男には関係なかった。


「我が名は勇者カイン!聖剣レイザーイよ、我が声に答えよ!人々の為に振るわれるべき聖剣を用いて仲間を傷つける者と、仲間の為に立ち上がった者、どちらが剣に相応しい!?こたえてくれ!」と声を荒げるとレイザーイを握る。


本来なら戦闘目的ではもつ事すら許されない聖剣だが、男は声に出さずに偽装術を使い自分が聖剣の勇者ブランドだと剣に偽装をさせる。


持てた事にブランドが言葉を失い、目を見開く中、男は「応えてくれてありがとう聖剣レイザーイ。共に魔物を倒そう」と言ってエムソーとスゥに向かった。



「カイン!?」

「レイザーイを持てたのか!?」

「バカなぁ!?」

「うきょ!?魔王様は聖剣の勇者は1人と言ってたのにぃぃ!?」



[勇者カインの正義の心に、聖剣レイザーイは呼応した。瀕死の中、仲間の為、人々の為に勇者カインは剣を振るった]


「都合のいい奴。何でもありかよ」

男は本の外で悪態を吐きながら、自身の10年を振り返る。


この世界にも魔法の通じない魔物や、魔法純度の低いダンジョンはある。

そこに妻パールを助ける方法が、わずかでもあれば男は飛び込んだ。

他には魔剣のようなものもあり、使いこなした時に大いなる力が手に入ると聞きつけて剣技も身につけた。

腹立たしいのは魔剣の大いなる力は、ただ単に魔剣を振るって身につけた剣技の事を指していた事だった。


男の剣技は聖剣レイザーイに身体を奪われたブランドなんて目にならなかった。

毒でギリギリの中、本気で動いて斬り刻む必要のある男は、一太刀でエムソーを殺すと返す刃でスゥを切り刻んだ。


「ありがとうレイザーイ。今はコイツを縫い付けてくれ」

男はそう言ってレイザーイをブランドに突き立てると、パールとライムの元に辛そうに向かい、「もう危険はないはずです。すみません。ヒールとキュアをお願いします。少し倒れます。万一僕が死んだら見捨ててください」と言って倒れ込む。


実際には「不思議なこと」として治してしまおうとしていた。

だが余裕を見せれば綻びになる。だからこそ死を口にした。

それこそ気絶している時の方が、不思議なことが起きれば誤魔化しがきく。


ブランドはレイザーイに縫い付けられて地獄の痛みの中で、「パールぅぅぅ…、ライムぅぅぅぅ…」と言って助けを求めているが、パールもライムも相手にしない。


「くそ、レイザーイを使うのは最悪避けたかったのだが早すぎだ…。ブランドの奴め」

男は悪態を吐きながらイリゾニアの外からこの先の下方修正をしてしまおうとした。


ここで想定外の問題が起きてしまった。


ライムが深層水を取りに行く間、パールが涙ながらに「カイン、死なないで」と言ってヒールとキュアを使う。

だが見立てでもキュアは10回、ヒールは20回使わないと助からないような怪我で、パールは念の為に交互に使ってくれていたが、スゥの魔法で大気中の魔法純度は低下してしまっていて、力を発揮しきれずに居たが倒れるまで無理をしてくれた。


男が不思議なことが起きた事にして事態を収集しようとした時、深層水を汲んで戻ったライムは「イリゾニアは歪んでしまった。もうこうなれば仕方ない」と呟くと、「偽装術」と言ってブランドの元に向かい、聖剣レイザーイを握り「レイザーイ、そいつを押さえ込んだまま着いてきて」と言ってブランドの目を潰すと、カインに触れて「貴方は歪みを正す者。ごめんなさい、この地獄に戻ってきて」と言い、「排毒術」と唱えて毒を除去した。

そのまま「転移術」と唱えると地上に帰還して、わざとらしく「不思議な力が助けてくれたわ。何かしらこれ?」と言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る