第30話 (最終話)諦めるか、諦めないか。

男は自分が死に、蘇生までに半年が過ぎていた事に驚き、「半年?そんなにか?」と言うと、ライムから「先に続きを読んでしまってくれ」と言われた。


男は本を読み進めると、デイドリーの民達はパールを逃がしていくが、ブランドは気にせずに手当たり次第、目の前に現れる女を襲い陵辱していく。


凌辱の最中もブランドは攻撃に反応してみせて、自身を殺しに来る男連中を惨殺していく。


凌辱される女の中には勇者のパールを逃すのではなく、助けを求める者も出てくる。

その声にパールが耐えられるわけもなく、イリゾニアの中でライムが死んでから数時間後、パールはブランドを止める為にブランドの前に出ると一撃で負けてしまい、その場で襲われる事となる。


イリゾニアはパールが凌辱される様を丁寧に書き記していた。

衣服をはぎ取られながらカインの名を呼んで必死に助けを求めるパールを見て、これでもかと笑ったブランドは「あの世で見てるか?なあカイン。宣言通り、今からお前の女を寝取って滅茶苦茶にしてやるぜ」と言ってから、パールに真実を伝えた。

パールの記憶が無くなる前の話。

のちのカインと思しき男が助けに来たこと、このイリゾニアは本の中で、パールはおそらく外の人間だと言うこと、それを聞いてパールが困惑する中、ブランドがパールを襲うが、パールは愛のない行為に一切反応をしない。


散々ナイメアの娼婦達やデイドリーの女囚、今もデイドリーの女性たちを悦ばせてきた自身の性技に自信のあったブランドは、苛立ちから催淫術で無理矢理パールの感度を引き上げて襲うと、パールは嫌でも反応してしまう。


「わははは!どんなに感じないフリしてもダメだぜパールぅぅ!」

「わははは!カイーン!見てるかぁ!パールは俺とするのが気持ちいいってよぉぉ!残念だったなぁぁぁ!!」

「パールを可愛がってやってる事をあの世で感謝していいぞカイン!それにしてもバカだよな!魔王相手に自爆技なんてヨォ!添え物が夢見るなってーの!」

「わははは!ほら!ほら!我慢するなって、気持ちいいって認めちまえよパールぅぅぅ!!」


ブランドの行為にパールが嫌でも反応してしまい、その悔しさで泣いた瞬間、自身が外の人間で、イリゾニアに着てすぐの幼い日の全てを思い出した。

そしてパールは、見た目こそ別人だが、あのカインこそ自身の夫だった事に気付いてしまうと、今の状況に絶望し、自身ごとブランドをファイヤーボールで焼き殺してしまった。


ブランドは油断していた。

散々不思議な事が起きて死ねなかった身体は、今回も自分を生かすだろうと思い、かわさずに火に包まれながらパールを突きあげて、首筋を舐めまわしたところで普段と違うことに気づき慌てたが、すでに手遅れでそのまま絶命しする。

パールは火から逃ずに火に焼かれながら、最後に「ごめんね」と男に向けて言葉を送って死んでいた。


男は吐き戻しながら読み終えると、「パール…助けに行かなければ…」と言ったが、「無理だ」と魔術の神に言われてしまった。


「なんでだ?術なら可能だろう?」

男は冷静に聞くが、魔術の神は「お前の妻は本の世界で死んだ。お前の肉体と魂は本の外にあったが、すべてが本の中にあるお前の妻は、本の世界で生き返らせることになる。だがそうなると今度は外に連れ出せない。魔術書にも書いてあっただろう?入本術で本に入っても本の中から何一つ持ち出せない。だからお前の妻を本の世界で生き返らせても無駄だ」と言った。


男は必死になって「それなら俺が向こうに住めば!」と言ったが、「それも突き詰めれば無理だ。時間の流れが違いすぎる。入本術は一時的に本に入るだけの術だ。直接入る方法も、今回のように外に身体を残す方法も長期間は身体が保たずに死ぬ。そうしなくても時間の流れが違うんだ。妻が1年生きる間にお前は死ぬかもしれない」と魔術の神が言った。


その言葉が男を地獄へと突き落とす。


「お前の失敗はわかるか?」

魔術の神の言葉に男は首を横に振る。


ライムが「ブランドは何故愛が無いのに、魔王にトドメをさせたかわかるか?」と聞くと、男は俯いて首を横に振る。

ライムは深呼吸の後で「物語をなぞらえたからだ」と言った。


「なに?」

「元のイリゾニアは一度目の侵攻時に、魔王に勝てずに撤退戦をした。魔法陣に入りデイドリーに帰ったが、勝ち目がなくても無謀な再戦に挑もうとするブルガリに、

クラムが想いを告げて結ばれた後で愛の力で魔王を倒したんだ」


ライムの言葉を聞きながら、男は妻が好きだったシーンを思い出す。

死地に赴く4人の勇者。例え刺し違えても人々の為に戦うというブルガリと、最後まで共にいさせてと言って愛を捧げたクラム。

遠い記憶の中で、本に憧れる妻に向かい、男は顔を赤くして「俺だってお前の為なら死ねるさ」と言って、妻は「ありがとう」と返した。


男はそれを思い出しながら、「知っている。だがブランドはパールと愛もなかったし、何もなくても魔王にトドメをさせた」と言うと、ライムが悔しそうな顔で「だからだ。初戦で勝つのは不可能だったんだ」と言った。


「…な……に?」

「魔法陣に入って撤退をしたから、ブランドがトドメを刺せたんだ。あの時、パールは必死に戻ろうとして、私が無理矢理魔法陣に押し込んだんだ、その時はお前が招陽術を魔王の元に落としかけた時だったんだ。多分撤退と認められなかったから魔王もブランドも死ななかった」

男はライムの言葉を聞いて何処か確信があった。

愛のないブランドとパールの問題をイリゾニアなりに解消しようとして、愛ではなく撤退を勝利条件にしていた…。


撤退する。

たったそれだけの事で魔王を倒せた?そう思った男は、ライムに「なら…俺も撤退をしていれば、俺でも魔王を倒せたのか?」と聞くと、ライムの代わりに魔術の神が「ああ、そうだな。イリゾニアを読みながら中で確認したが、閃光爆裂超熱風塵術でこの世にチリ一つ残さずに殺しきれたな」と言った。


男は混乱の中、最後の疑問だった、ブランドが聖剣レイザーイを、何故支配されずにデイドリーで持てていたのか、何故ライムやデイドリーの人間を殺せたのか、なぜパールがブランドを殺すことが出来たのか、そして何故パールの記憶が戻ったのか、ようやくその疑問が解消された。


「そうか…、だから最後の条件が揃って魔王が殺せたから、本来の俺が目指していたパールを外に連れ出せる条件が整ったから、パールはショックがあったとはいえ記憶を取り戻したし、ブランドは不思議な力が起きずに死ねたし、レイザーイはブランドの支配もやめていた。だからブランドがライムを殺し、デイドリーの人々を滅茶苦茶にできたのか…」



男は最後の最後に焦ってしまい、妻を失った事に後悔をした。


ライムが言葉をかけるか悩んでいると、魔術の神が「この後の事だ」と言った。


男は俯きながら「約束を守ってコクバーノレに行けばいいんだろう?ライムの魔術書を見て、更に完成度の高い魔術書を作ろう」と言うと、「後一つだ。魔術書の違いと目標の違いがあったとは言え、ブランドは術開発が出来ていた。お前も術を作るんだ」と言われる。


「何?」

「お前の目的は妻の蘇生、反魂術と肉体生成術だけを目指していたから考えなかった。だがブランドの目的はイリゾニアの中で人々の賞賛を浴びて、心のままに女を抱く事、その為に入本術と入夢術を掛け合わせて自分好みのイリゾニアを用意して、他にも催淫術に洗脳術を産み出せた。だから今度はお前がそれをやればいい。まあ、諦めたければ諦めればいい。だが本の世界から人を連れて来られる方法を見つけた時、再びイリゾニアに入り、妻を蘇らせて取り戻して帰ってくればいい」


男はその言葉に希望を見た。

目に力が戻るとライムが「私も行こう」と言った。


男は不思議そうにライムを見て、「ライム?」と聞くと、「ブランドのバカが原因なのもある。私が代わりに責任を取ってやろう」と返ってくる。


「あ…、ブランドの奴は?」

「私の方の魔術書に載っていた禁術、絶命術で肉体を始末した。元々全ての意識をイリゾニアに入れていたから、もう帰ってこない。奴の親には術使いになりたくて本を読んで、ろくな知識もなく使って死んでしまったと説明した」


男はどこか諦めた顔で納得をすると、ライムを見て穏やかな笑みで「妻に似た顔で、話し方がライムなのはなんか不思議だな」と言った。


「そうか?まあ妻に似ていると言うのは本当のようだな、村人達が死人が蘇ったと青くなっていたよ」

「そうだろ?妻の方がもっと優しい目元だったがな」


ライムが「そのようだな。まあ嫌でなければ、この顔でも旅の同行を認めてくれ」と言うと、男は「わかった」と言って荷造りをしてコクバーノレを目指すことにした。


荷造りと戸締りを済ませ、外に出る時にライムが、「ちなみにだが私の名前はライムではない。クルムだ」と言い、男に向かって「カインが本当の名前ではなかろう?名前を教えてくれ」と聞いた。


男は「クルムと言うのか。わかった。俺の名前か…、俺の名は…」と言った。


男の名前を聞いたクルムは「似合っている。よろしく」と言い、「歩くか?私は転移術があるぞ?」と言った。

男は「転移術は俺も持っている。だが他人の転移術も見てみたい」と返しながら、この先何年かかっても妻を取り戻そう。そう思っていた。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る