第29話 辛い真実。

男はパールとライムが魔法陣を潜った頃合いを見計らい術を放つ。


「ブランド、お前にこれは撃てるか?…閃光術」

男はこれで終わらせる気になっていたので術名を口に出す。


「爆裂術、超熱術、風塵術」


その全てでブランドと魔王のカケラ達は傷ついていくが、まだ原型が残っている。

ブランドは「術?なんで!?まさか…やはり…カイン貴様!」と言っているが、男は気にすることなく魔王のカケラを見て「流石だな…」と呟くと、今も傷だらけで逃げ出そうとするブランドを見ながら、「イリゾニア、この男はこの世界を台無しにする。ここで殺させろ」と言うと、「閃光…爆裂…超熱風塵術!」と唱えてアトミック・ショックウェイブの上位互換を放った。


魔王のカケラはほぼ消滅したが、まだ魔物を生み出した腕と、頭と心臓の部分は残っていた。


「やはりこれしかないか…こんな超近距離だと俺も保たないな。だがまあ仕方ない」と男は言うだけ言うと、カインに向かい、「すまなかったな。俺が居たせいでお前には大変な思いをさせた。この世界が良くなる可能性はない。戦後にお前も生き地獄になるのならここで散ろう」と声をかけてから、招陽術、小型の太陽を複製して指定範囲に招く究極の禁術を放った。

万一の逃げ遅れを考えて、範囲は城よりも小さく、魔王の部屋だけのサイズにした。

これでも生物は十分に死滅できる。


ブランドは地下深いこの場所が熱くなり、天井が白み始めると「なんだそれ?招陽術?俺様はそんなもの知らないぞ?」と驚いてなんとか逃げ出そうとする。


男はそんなブランドに向かって「間に合わないさ。お前はここで俺と死ぬんだ」と言ってその身を小型の太陽に委ねる。


最後の最後まで確実に殺す為に男は直前で逃げ出さずに招陽術の維持を続けていた。




男は気がつくと本の外にいた。

ご丁寧にベッドの中で眠っていたような恰好をしている。

何があったのか思い出せないが、覚えている事はイリゾニアで招陽術を使い、ブランドを巻き込んでその身を焼いた事だった。


「戻れたな。よし、パールを迎えに行かないとな。だがなんだ?安全装置が働くと布団に行って眠るのか?」

男は独り言を言いながらベッドから降りると、部屋のドアが開き「起きたか?」と言われた。


「パール?お前、こっちに戻ってこれたのか?どうやって?…ライムのおかげか?よかった。助かった…」

扉から部屋に入って来たのは妻のパールだった。

イリゾニアから外に出られたのはライムが手を出してくれた、そう考えると辻褄が合った。


「違う。私はパールではない。イリゾニアに居たパールとも姿が違うが、そんなに似ているのか?」

男はその時になって初めて髪色と瞳の色、後はパールは丸顔だったが、目の前の女性は面長だった事に気付いた。


「お前は…誰だ?」

「私か?気付かないのかカイン」


この呼び方にピンときた男は「ライム!?お前ライムか!?」と聞くと、「そうだ。久しぶりだな」とライムは言った。



「ああ、それで?イリゾニアは?パールはどうなった?」

ライムは暗い表情で「説明するから着いて来てくれ」と言って男をリビングへと連れて行くと、そこには「よぉ」と言って手を上げる魔術の神が居た。


「魔術の神!?」

「ああ、久しぶりだな」


「どうしてここに?魔術書から出られるのか?」

「いや、俺は魔術書の中の残りカスじゃなくて、本物の魔術の神だよ。どうしてここに?お前の旅が失敗に終わったからだ」


男は魔術の神の言葉が理解できずに「なに?」と聞き返す。

ライムが男を支えるように横に立つと、「落ち着いて聞くんだ。あの旅は失敗したんだ。お前も死に、私もイリゾニアから追い出された。デイドリーは滅び…、パールは死んだ」と言った。


男は酷く混乱し取り乱しながら、「俺が死んだのはカインとしてだろう?安全装置が機能して今こうして…」と言うと、魔術の神が「違う。お前は反魂術で生き返らせただけだ」と即答する。


「なに?じゃあ俺はなんで死んだ?安全装置は?」

魔術の神は首を横に振って、「あれを使うには意識…魂の比率が大事だった」と言うと、ライムを見て「コイツは比率を半々にしていたから追い出された程度で済んだ。お前は9割近くを向こうに入れていたから、向こうでの死がそのままコチラの身体に影響を及ぼした。心の死だ。身体だけは生きていたが心は死んだ。だから反魂術で魂を呼び戻した」と説明をした。


魔術の神はイリゾニアの本を取り出すと、「ここに真実が書かれている。辛い真実だ。覚悟をして読め」と言って渡してくる。


男は読む前に「俺は最善を尽くしたんだ。勝ち筋はあったのか?」と呟くとライムが「あったよ。お前はそれを見落としていた。私が気付いたのは、こちらに戻されて本来のイリゾニアを読んだ時だ。魔術の神に確認をしたら正解だと言われたよ」と答えた。


男はイリゾニアを直視できなかった。

あの時、招陽術で魔王城を跡形もなく吹き飛ばした男は、術の範囲に入っていた為に絶命した。


だが、魔王もブランドもかろうじて生きていて、ブランドは脈動する魔王の心臓を持って魔法陣に入り帰還をした。


ブランドの登場に慌てる国王やライム、カインの身を案じるパールの前で、魔王の心臓を聖剣レイザーイで貫き殺すと、自分こそが世界を救った勇者だと宣言して讃え敬えと言ったが、デイドリーの誰もが真の勇者はカインだと言った。


そこからブランドは目につく男を殺して回る。

皮肉なことに、ブランドはレイザーイに振り回されている間に強くなっていて、デイドリーの民ではもう止められなくなっていた。


その戦闘でライムは命を落とし、外に放り出される。


ここで男はライムを見ると、「慌てて本に入ろうとしたが、ライムが死んでしまっていて今までの方法では手出しできなかった。戦闘力のある女性もいなかった事が原因なのかもしれない。この身体には術以外の戦闘力はないから直接入っていたらもっと悲惨な事になっただろう。それならと思い、魔術書に入り全てを伝えると、魔術書の中にいた魔術の神が、神界にいる本物の神を呼び寄せてくれた。そしてお前を探す為に、このダテトミーの村まで来た」と言う。


「ここまで来るって…、お前たちの生家はコクバーノレの近くの…」

「ああ、ドンケーウだ」


「そこからここまでって、徒歩で数ヶ月の距離だぞ?魔術の神は何かの術を使ったのか?」

「いや、歩いたから4ヶ月かかった。意識の戻らないお前を保護して、私はお前の持つ魔術書を見て、反魂術を理解してお前を起こした。もうあのイリゾニアの最後の日から半年が過ぎている」


男はまさかの時間経過に言葉を失っていた。

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