第3話 妻の行き先。

魔術の神が、見ればわかると言った本はすぐに見つかった。

すぐも何も、本棚で煌々と光っていれば一目瞭然だった。

その本は男の妻が気に入っていた本だった。

本は子供から大人まで楽しめる架空の冒険譚で、魔王が蔓延る世界で、生まれて16歳の勇者が王様に選ばれて、数多くの冒険をして魔王を倒して平和を手にするものだった。


妻が入り込んでしまったという事だが問題は何個かある。

魔王の手先なら勇者に殺される前に助ける必要があるし、登場人物だとすると果てしない目に遭う。果てしない目は2種類あって、一つは死闘に次ぐ死闘で、旅の中で仲間は次々と死んでいく。そっち側ならそれはそれで問題だが、もう一つ、最後に魔王を倒す仲間達、運命の四勇者だとしたら、生まれた日からある程度ダイジェストだが16歳になるまでダラダラと日常パートが続く。


まあ中には勇者が能力の片鱗を見せたりするイベントもあるが、前半部分はかなり長い。

妻の本もそうだが、前半は誰も繰り返し読まない。

手垢がついて居るのは中盤から先である。


男は意を決して「読むしかないよな…」と言ったが、ページをめくって数秒で崩れ落ちた。



「嘘だろ…ヒロインじゃねぇかよ」

妻の名前、パールが4ページ目に出てきた。

本来のヒロインの名前はクラムだが、妻のパールに変わっていた。


[眩しい光、何があったかわからない。私…死んだはず…ここは?]

[え?イリゾニアって?え?あの本の?それって死んで本の世界に来たの?]


冒頭まで変わっている。

本来のクラムは[花芽吹く春の日差しの中、のちに世界を救う娘が生まれた]で始まる。


男は愕然としながら読み進めるが、どうしたものかと悩みながらも本の中に入り妻を迎えに行き、身体操作で自分と同い年にしてしまう事を考えた。



だがこの時間が命取りだった。


この間に妻は5歳になっていて、勇者として覚醒してしまう場面に来ていた。

[うぅ…、この世界でクラムの代わりとして生きていくしかないのよね。無事に勇者の力が発動するかしら?]


男は慌てて妻を迎えにイリゾニアに入ると、部屋に1人でいる妻の前に顔を出した。


「パール!」

「え?…うそ?」


「嘘じゃない!俺だ!迎えに来た!」

「なんで?私、本の世界に生まれ変わって…」


「そうだ。俺が蘇らせた。何故か蘇生先がイリゾニアだったんだ。帰ろう」

男が手を伸ばして妻が涙ながらに手を取った瞬間。

世界は大きく歪み、妻は苦しみ始めた。


「なんだ!?」

「苦しい…」


男は嫌な可能性が頭をよぎり妻から手を離すと、世界の歪みが直り妻も普通になる。

この事実に妻は涙を流しながら、「違う世界の人間になっちゃったからかな?帰れないのかな?」と言って、「私、このイリゾニアを平和に導く勇者の1人になるよ。だから帰って?」と続けた。


男は妻に「諦めないでくれ!きっと原因を突き止める」と言ってイリゾニアの本を後にした。



男は再び魔術書に入り込むと、「教えてくれ!魔術の神!頼む!」と魔術の神を呼ぶ。


すぐに現れた魔術の神は、「状況を見せろ。伝心術だ」と言い、男から状況を受け取った魔術の神は、「最悪のケースだな。ただの入本術なら起きない現象、望んだ夢を見る為の夢現術が間に入ったせいで、そのイリゾニアは一つの世界として生まれている。生まれたばかりで回収すればまだなんとかなったが、お前の恋人は主人公の1人としてその世界に参加してしまっている。脱出されたら物語が破綻するからと世界が邪魔をしている」と言った。


男は必死に「なら妻は一生そのままなのか!?」と聞くと、魔術の神は「お前は物語を知っているのか?」と聞き返してきた。


「なに?」

「物語の結末を言え」


「本来のイリゾニアなら、勇者達は力を合わせて魔王を倒す。そこで話が終わり最後は、[勇者達は平和になった世の中で、それぞれ幸せに暮らしました]だ」

男の説明を聞いてニヤリと笑った魔術の神は、「まだ運がいいな。それなら物語を完結させて、平和になったら迎えに行けばいい。死ぬまで書かれた物語だったら手出しできなかったが、完結した後なら世界はお前の恋人を放棄するだろう」と言った。


男は「それなら安心…」と言ったところで青くなり、「あぁあ!!」と叫んだ。


「どうした?」

「ダメだ!イリゾニアのヒロインは、勇者と結ばれて愛の力で魔王を倒すんだ!」


「ほう。愛ねぇ。今の状況を受け入れて、勇者を愛する事ができればまだしも、出来なければ愛が発動しないでデッドエンドだな」


男は聞きながら嫌な考えに襲われる。


「愛があれば魔王を倒せる。…俺の妻が他の男を愛する?朝になって小鳥の囀りで目覚めるが、ベッドで添い寝していて目覚めてキスをするんだぞ?宿屋からは「昨晩はお楽しみでしたね」とか言われるんだぞ?絶対やってるだろ?しかも俺への愛を優先したら魔王に勝てずに殺される?」


口ずさみ呟く男を見て笑った魔術の神は、「黙って見守れば寝取られる訳だな。しかも最悪は寝取られたのに魔王に殺される」と解説をした後で、「なあ一つ聞くがその魔王は強いのか?」と質問をしてきた。


「何?」

「魔王の強さが気になった。説明しろ」


「勇者の雷魔法をモノともせずに、聖剣の一撃すら耐える」

「その世界は魔法なんだな?従来の魔法か?」


「そうなる。今のままなら妻は5歳にしてファイヤーボールに目覚めて、オークの群れを蹴散らす」


魔術の神は顎に手を置いて「……ならお前が魔王を倒せば良いじゃないか?」と言った。


「何?」

「術の可能性を舐めるな。この本の後半にある禁術は読んだな?アレがあれば、その程度の敵に遅れは取らない。最悪招陽術で魔王の根城ごと焼き払え。発動を間違えたら死ぬが、嫌なら鍛えろ」


男は招陽術を思い出す。

太陽を術量で簡易複製して目標に叩き込む、悪魔のような術だった。


だがアレがあれば、確かにイリゾニアに書かれていた、愛の力に目覚めた勇者達の一撃に匹敵して、魔王を倒すことができるかもしれない。


【妻が本の中に蘇り勇者と結ばれる前に俺が魔王を倒すだけ】

ただそれだけだった。


男は魔術の神に感謝を告げて魔術書をあとにする。


魔術の神は男を見送りながら、「まあ、そううまくいけば良いけどな」と言っていた。

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